第1章 最終話 真の化物
深い集中に入ると周りの音が聞こえなくなるという選手は多い。観客の声も聞こえず、ただ目の前の情報だけを処理できる超集中状態。
俺も似たような集中に入ることはあるが、その状態はまるで真逆。シューズが床に擦れる音、手とボールが触れる振動、遠くの観客の声まではっきりと聴きとることができる。
「何やってんのこれ」
「試合だってよ。生意気な新人をいびってるらしい」
「試合って……向こう一人だけじゃん」
「いやよく見ろよ。後ろの方に女子が二人いるだろ」
「あの腕組んでドヤ顔してる女の子? じゃあおかしいだろ。いびりっていうかいじめじゃねぇの? 鼻血出てるぞあのちっこいの」
「そうなんだけどさ……おかしいんだよ」
「おかしい? 何が?」
「……俺には、六人の方がいじめられてるように見えるんだ」
ボールは部長……優秀な選手だが強く打つ時方向はクロスに偏る。だからここにいれば……。
「あぁっ」
「また拾いやがった……!」
お、セッターが一瞬こっちを見た。普段ならもっとしっかり相手コートの様子を確認してからトスを上げる。自分のトスが拾われるのは悔しいからな。それをしないってことは、ツーか。
「まだまだぁっ」
「なんでこれを読めるの……!?」
このラリーが始まってから何秒経っただろうか。いや、下手したら分を超えているかもしれない。それくらい長いラリー。それを俺は、たった一人で捌ききっていた。
「穴だらけだろ! さっさと決めろ!」
監督が吠える。じゃあトスはエースに上げるな。で、さっきはクロスに打ったから今度はストレート。
「もういっちょぉ!」
「……ざけやがってぇ!」
俺の腕に阻まれたボールは高い弧を描いて相手コートに返っていく。もうこのプレーだけで十以上は見た光景。だがまだ足りない。もっと……もっとだ。もっとバレーがしたい。
「どうなってるんだ……!? なぜたった一人でコート全域を守れるんだ……!?」
「あれぞ鎌鼬の『台風の目』。正方形のコート中央に陣取り、その守備範囲は9メートル×9メートルのコート全域にまで及ぶ」
監督のひとりごとに答えたのは後方彼女面をしたオリヴィア。まぁ位置的に顔は見えないわけだが。そして花音が続ける。
「スパイクの速度は時速100キロに迫る。それが5メートルにも満たない距離から飛んでくるんです。いくら脚が速くてもコート全域を守れるはずがない」
「それを可能としているのは圧倒的なバレー愛。男子どころか中学女子の選手一人一人に及ぶまで情報を集め、その癖や状況から次の一手を予知。打たれる前から動き出し、拾い上げる。今の伊達さんは走れないけど、相手はよく見知った同学校。跳びつけば、あきらめなければ。充分に、届きうる」
自慢するように交互に語る花音とオリヴィア。口にしている内に相手に負けたくなくなったのだろう。張り合うようにどんどんその喋りはヒートアップしていく。
「とは言ってもそれは理想論。絶対にどんなボールでも拾えるなんて都合のいい能力じゃない」
「ほんの刹那。わずかにでも迷い、躊躇えば絶対に届かない」
「だからこそ問われるのは心の強さ。絶対にあきらめない覚悟!」
「さっきまでの伊達さんにはそれがなかった。でも今の彼は違う!」
「あの動き! あれこそおらのあごがれだせんぱい!」
「ああ素敵! かっこよかかっこよかかっこよか!」
「「めちゃくちゃ、推せる!!!!!!!!」」
ああこれだ。この感覚だ。見られている。注目されている。期待されている!
誰にも見られることのないこの小さな身体。唯一バレーだけが注目される手段だった。
だがそれは失われた。今動けているのも短時間だから。相手が女子だから。きっと男子の試合では使い物にならないだろう。ひょっとしたらこれが最後の試合になるかもしれない。
それでも。だからこそ、溢れてくる。
「楽しい!」
一年をかけてゆっくりと沈み込めてきた感情がボールとなって相手コートに飛んでいく。だが返ってきたのは……。
「クソ……チビゴミがぁっ!」
ただの怒り。そうじゃない。バレーとは、スポーツとはそうじゃないんだ。いや、だからこそスポーツがあるのかもしれない。
「死ねやぁぁぁぁ!」
鈴木に渡ったボール。狙いは打つ前からわかっていた。再び、俺の顔面。
こいつらは俺のことが嫌いなのだろう。女子の集団に入ってきた異物。雑用すらできない身体。怨めしそうに眺める瞳。全てが気に入らないのだろう。まぁいいよ。
「勝った方が、正義だ」
右脚で後ろに跳ね、両腕を前に出す。さっきまで俺の顔面があった場所に腕を出すと、ボールが当たり向こうのコートに返っていく。
だがさっきまでの俺が立ち上がるまでの時間を稼ぐ緩やかな高い弧は描いていない。鋭く速い、返球。
「で、出たァーッ! 攻撃ができないリベロの攻撃! 鎌鼬の十八番!」
「何度も続き長くなったラリー! 攻撃の意識が強くなり全員が前に固まった状態で相手コート後方に落とすレシーブ! その名も……ッ!」
「向かい風」
二人の説明が全て。ラリーが長くなると当然疲れる。早く終わらせたい。早く決めたい。その焦燥がプレイヤーを前へと押し出し、後方が手薄になる。その隙を突いた技。
「攻めるだけが攻撃じゃないんだよ」
「「かっけーーーーーーーー!」」
25対21。なんとか勝てたことに喜んでいると、最後まるっきり役に立たなかった二人が駆け寄ってきた。
「な……なんで……こんな……はずは……」
「で、俺たちが勝ったらバレー部はもらうって話だが」
いまだ敗北を受け入れられずにいる鈴木や監督たちに告げる。
「攻撃重視は間違ってない。想像していたより強かった。気持ち的には完敗だよ」
当初の予想じゃ二桁取られることはないだろうと踏んでいた。だが蓋を開けてみればこの有様。このチームのことは誰よりも知っていると思ってたが、やはり知っているだけでは不完全。こうして向き合って、初めて知ることができた。
「さすがにリベロが不要は行き過ぎだけど、その攻撃力なら全国にも通用すると思う。一緒にがんばろう」
「一緒にがんばろう……? なに言ってんの……私たちはあんたを……!」
「何か言いたいのなら勝ってからにしろ」
「っ……!」
何か言いたげな鈴木を軽くあしらう。散々見下してきた俺に負けてさぞ悔しいだろう。悔しさは何にも勝る武器だ。これでこいつらの視界に、ようやく俺が入った。これからはちゃんと向き合うことができるはずだ。
だから真の問題はこっち。こっちもまた、予想外だった。
「部をもらう代わりに三軍が使っている体育館をください。俺はそこで、この二人を鍛えます」
九尾の狐に猫又。俺と同じ妖怪の異名を付けられた二人。先輩方の強さもわかったが、二人の弱点もまたこの試合で見えてきた。
「オリヴィアは体力や下半身にレシーブ。背や胸や尻。急激に成長する身体に能力が追い付いていない」
「み……みなさんが見ている前で胸とかおしりとか言わないでください……っ」
「花音は身体の使い方は上手いけど、守備範囲がまだ足りない。片腕でボールを上げられるのはすごいけど、高身長レシーバーと同じ土俵に立てたに過ぎない。もっとがんばらないとな」
「あなた目線で言われても……なんて甘えですかね」
二人ともとても優秀な選手だ。だがまだ足りない。もっともっと。欲張らなくては意味がない。だってこいつらは人間を超えた、妖怪なのだから。
「俺はチームスポーツを一人で勝てる。妖怪ならそれくらいやってもらわないとな」
「「はいっ」」
さてと、いい加減ほんとに疲れてきた。もう立っているのも限界。そろそろ帰って……。
「お?」
左脚が負荷に耐えられなくなっていると、身体が急に宙に浮いた。オリヴィアがだっこしてくれたのだ。そうか、俺の限界を悟って……いやこの顔違う!
「そんなことより捨てないで……でしたっけ……? あの言葉……表情……ばり興奮したけん……」
「バレーのトレーニングもいいですけど……別のトレーニングも……どうですか……?」
「いや……ちょっ、ま……っ」
抵抗できない俺の身体が連れ去られていく。ここから俺の、新たな青春が始まった。
これにて第1章完結になります! 想像以上にバレー編が長くなってしまいました……退屈だった方は申し訳ございません。
次回からはラブコメ編! 鎌鼬くんの脚を奪った原因の子が登場する予定ですが、オリヴィアちゃんや花音ちゃんの深掘りもしていきたいと思っています。
ポイントの伸びも緩やかになってきたのでおそらく次章が最終章かな……? 普通に楽しいのでもっと続けたい気持ちはあるのですがどうでしょうか。この作品はかんっっっっぜんに趣味なので程々にがんばっていきます!
それではここまでお付き合いいただきありがとうございました! おもしろい、続きが気になると思っていただけたらぜひぜひ☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークのご協力をお願いいたします! みなさまの応援が続ける力になりますので何卒どうかよろしくお願いいたします! それと第1章も終わったので感想返ししていきます。感想も励みになっています! ありがとうございます! それでは!