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第1章 第7話 失望の理由

 現在ポイントは24対20。あと1点取れば俺たちの勝ちというマッチポイント。だがそれは15点前から同じだった。



「はぁ……っ、はぁ……っ」



 オリヴィアと花音の荒い息が耳に響く。24対5。俺たちが圧倒的に勝っていたはずだった。だがそこまでだった。



 認識が甘かったのはある。サーブにブロックにスパイクに走って跳んで打っていたオリヴィア。アタックとブロックを彼女一人に任せるしかない状況。触って確かめた通り下半身の筋力がたりない彼女はその激しい動きに体力を大きく消耗してしまった。



 花音には限界があった。いくら彼女が凄腕のレシーバーでも、一度に守り切れる場所には限りがある。極論彼女がいる場所から正反対の位置に打てば、ボールは自然と床に落ちていた。



 相手を舐めていたというのは間違いないだろう。防御を捨て攻撃に特化したスタイル。普通のバレーなら支障も生じるが、半数しかいない俺たちのチームに対してはその戦略が噛み合い過ぎていた。



 そして何より。俺がゴミだった。



「くそ……っ」



 走れない身体。一年のブランク。全盛期と比べたら劣っていることは理解していたが、自分で想像していた以上に動けなかった。レシーブの基本、正面からなら拾える。だがそれだけだ。少しでも横に来たらもうアウト。麻痺して動かない脚はボールの勢いを殺しきれず、明後日の方向に消えていく。それ以前に少し離れたらもう届かない。元々短い手足。女子にも劣る筋力。俺にできることは何もなかった。



 実質6対2。いくらオリヴィアや花音が化物といえど、バレーはチームスポーツ。勝てるわけがなかったのだ。



「……ごめん」



 俺の目の前にスパイクが打たれる。咄嗟に身体を前に動かしたが左脚がついていかずに床に倒れ、数瞬後にボールも床に落ちる。これで24対21。いくらでもあった余裕が完全に失われつつある。覚悟しなくてはならない。目前に迫りつつある敗北を。



「……でもあれですよね。オリヴィアと花音のすごさはわかりましたよね」



 床に倒れたまま、ネットの向こうで俺を見下ろす部長に声をかける。



「……まぁね。多少わがままは聞いてあげてもいいくらいに九尾は強いし、リベロがいらないって答えに変わりはないけど猫又レベルだと話も変わってくる。二人とも普通に入部を認めてあげる」

「そう……ですか……」

「ただしあんたは別。雑用もまともにできない。視線が気持ち悪い。単純に嫌い。あんたは絶対に辞めてもらうから」



 そうか……そうか。震える左脚を庇いながら立ち上がり、二人に笑顔を見せる。



「よかったな。これでたとえ負けても……」



 気を遣わせないように向けた笑顔。だがその先の二人の顔にはこう書かれていた。嫌というほど向けられ、見たくなくて逃げ続けたもの。



「「…………」」



 失望。無言ながら表情だけでそう語ってみせた二人は元の場所に戻っていく。



「待って……」



 気がつけば俺は、二人に縋っていた。



「お願い……捨てないで……」



 無意識に二人の腕を掴み、そう懇願していた俺。だが二人の視線は冷たく、鋭い。



「好意は絶対のものじゃありませんから」

「推す理由が消えたのならそれまでです」



 心臓が縮むほど冷めた声でそう吐き捨てると、二人は俺の腕を払いのけ、プレーが再開する。



 これが嫌だったんだ。これだけは、もう嫌だったんだ。



 小学生の頃、俺は試合に出ることはできなかった。小学生バレーにはリベロという制度がない。元から小さかった俺は誰の目にも入らなかった。



 俺に光が当たったのは中学一年の全国大会。ベストリベロ賞に選ばれた時だった。誰の目にも入らないはずの低身長。それでも見ている人はいると気づいた瞬間だった。



 それからのバレーは楽しかった。注目された。褒められた。小さくても、大好きなバレーボールをやっていいんだと認められて幸せだった。高校に入学するまでは。



 それからは失望されることの連続だった。翼防高校男子バレー部の監督。チームメイト。両親。俺の脚がゴミになったことを知った全ての人は、俺を見る目を妖怪から人間へと変えた。バレーができない俺は、ただのゴミでしかなかった。



 だから逃げた。同じゴミ扱いでも、失望の目を向けられるくらいなら功績を知らないところの方がいい。それがどれだけ虐められようとも女子バレー部のマネージャーでい続けた理由だ。



 そして今日。選手としての俺はゴミになったと知った上でも、目を輝かせてくれた二人に出会った。かっこつけたかった。二人の期待を裏切りたくなかった。それでも――。



「せんぱいっ、前!」



 試合中だというのに考え事をしていた。そのせいで気づかなかった。鈴木の鋭いスパイクから放たれたボールが、俺の眼前まで迫ってきていたことに。



「っ」

「しゃあ! 鼻血コース!」



 ボールを拾うことも避けることもできず、激しい痛みと共にボールがコートの外へと飛んでいく。鼻からは熱いものが垂れているのがわかる。あぁ駄目だ。またがっかりされる。ゴミ扱いされる。俺は……。



「にゃぁっ」



 だがまだ何も終わっていなかった。俺にボールがぶつかった瞬間コートの外へと走っていた花音が、体育館の壁を蹴り、空中のボールをコート内へと戻した。



「っぁ!」



 そしてオリヴィアがそのボールを繋ぎ、相手コートへと返していく。まだプレーは終わっていない。



「なんで……」



 勝敗に関係なく、二人の地位は約束された。のならさっさと終わらせた方がいい。下手にプレーを続けて相手の気が変わったら大変だ。二人も俺みたいに、ゴミのような扱いを受けてしまうかもしれないのに。



「「まだ……負けてない!」」



 どちらが合図したでもなく、二人の声が重なる。ああそうだ。まだ負けてないよ。でも負けるのは時間の問題……。



「調子に乗りやがって……わからせてやるよ!」



 トスに合わせ、鈴木が跳び上がる。瞬間不思議とわかった。ボールの行き先が。



 花音はまだコートの中に戻れていない。広いコートには俺とオリヴィアの二人だけ。どこでも打ち放題だが、鈴木の視線、身体の向き、性格から……間違いない。



「オリヴィアぁぁぁぁっ!」



 狙う先は、オリヴィアの顔面。気がつけば俺はネットに背を向け、コートの後方で不格好なレシーブの体勢を取っている彼女に正面から向かっていた。



 そして両腕を上げ、抱き着くように右脚だけで跳び上がる。ボールの行き先なんて見えてはいない。それでも腕に当たったボールは相手コートへと戻っていき、俺の身体は勢いそのままオリヴィアに抱き着いていた。



「脚が動かないとか下手になってるだとか……そんなのはどうでもいいんです」



 俺の身体を受け止め、囁くのは冷たい言葉。



「バレーはどれだけ劣勢だろうが、ボールが落ちない限りは負けないスポーツ。あきらめない限りはまだ負けていない。あなたの言葉でしょう?」



 あぁ……そうだ。そうだった。オリヴィアの声。表情。瞳は依然として冷たい。品定めするように妖しく、それでいて視線はまだ、俺へと向いている。



「ちゃんと惚れ続けさせてくださいね」



 まだボールは床に落ちていない。まだあきらめる理由はない。俺はあきらめない。俺を好きだと言ってくれた二人に報いるためにも。



「ああ、任せろ」



 俺はまだ動かなければならなかった。

バレー編2話だと言ったのに3話になってしまいました! ごめんなさい! そして次回は第1章最終回! 応援していただけたらうれしいです!

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