第1章 第6話 恐怖の象徴
「なにあれ? 3対6? でっかい女の子とちっちゃいのが二人……てかなんで男子混じってんの?」
体育館の二階。ギャラリーから通行人たちの声がする。本来ならありえない状況に興味を示し足を止めているようだ。
「つーか女バレレギュラー揃ってんじゃん」
「新人いびり? かわいそー」
「あぁほんとだ。だって三人の方空気がさ、」
「地獄にいるみたい」
バレーボール。9メートル×9メートルのコートの中で、ボールを持つことも許されず、三回までのボレーで、二回続けてボールに触れることは許されず、ボールを落とした方が負けるスポーツ。
一度にコートに立てる人数は六人。だが実際に戦うのは七人だ。そのイレギュラーな一人こそがリベロ。攻撃的プレーの一切が認められないこのポジションは後衛の選手と入れ替わることでコートに入り、前衛に回るタイミングで元の選手と交代する。
だが今回の俺たち、三人の方にローテーションは存在しない。男女混合、しかもリベロ二人という正気とは思えないチーム分け。こっちは自由にやらせてもらおう。
「言ったこと忘れてないよね?」
試合が始まる直前。鈴木が声をかけてくる。
「九尾は奴隷。あんたらチビは追放。そっちが言い出したことだからさ、悪く思わないでよね」
「十秒後また言ってくれ。言えるならな」
そして試合が始まる。6対3。年上対年下。つまり、俺たちが圧倒的に優位な試合が。
「新入生ー、がんば……」
実態とは裏腹に不利に見える俺たちに声をかけようとした観客だが、それは最後まで続かなかった。
「…………」
サーブ位置に立つオリヴィアから発せられる轟音。決まって八回、ボールを床に叩きつけて感触を確かめるサーブ前のルーティーン。その音は大きな体育館にうるさいくらいに響き渡り、収束していく。
「ジャンプサーブあるよ」
「大丈夫っしょ。所詮こないだまで一年だったガキだし」
ネットの向こうで的外れな会話が聞こえてくる。女子バレーでジャンプサーブを打つ選手は少ない。それは向こうのコートに届かせるだけのパワーや高さがないから。それができるオリヴィアの存在は全国経験のないこいつらでもわかっているようだ。
「いきます」
普段のオリヴィアからは想像がつかないくらい低く、静かな声の直後、ボールが宙に放られる。そして数歩駆け、彼女の巨体もまた跳び上がった。
映像で観るのと、実際に体感するのではわけが違う。知っていても理解はしていない。できていたのならあんな言葉は軽々と吐けないだろう。
レシーブの未熟さから狙われ、手痛い敗北をした彼女が辿り着いた極地。同じことを自分もすればいい。『九尾の狐』の十八番――。
「九十九狩」
数瞬後、鈴木の身体が床に倒れる。それに味方が気づいたのはさらに数瞬後。鈴木に当たったボールは手の届かないギャラリーにまで吹き飛んでしまっている。
「な……なにあれ……!?」
「全く……見えなかった……」
オリヴィアがやったことは言葉にすれば一言、ジャンプサーブである。だが彼女の人間離れした体躯から放たれるそれは、まさしく人智を超えている。
「とにやばいのはその精度なんですけどね」
その光景を見ていた味方の花音が冷や汗を垂らしながらつぶやく。ジャンプサーブは抜群の威力とは引き換えに、コントロールがひどくシビアになる。男子のプロでも外すのが織り込み済みのハイリスクハイリターンの攻撃。
だがオリヴィアは外さない。バレーはボールを上げないと始まらない。全国の舞台で痛いほど思い知った彼女はその精度をとにかく高めた。そしてそんな彼女が指をさす。全く反応できずボールを受けて倒れた鈴木を。そして一言。
「穴」
それだけ告げ、二階からボールを受け取りサーブ位置へと戻っていくオリヴィア。宣戦布告とも捉えられるその言葉は、ただの事実確認だった。
「鈴木、ちゃんと上げろよ!」
「……すいません」
五本連続サービスエース。そして五本連続でボールを落とした鈴木がチームメイトから非難される。鈴木は俺の同級生。他のレギュラー陣である三年からは強く言われても仕方ないポジションにいる。
オリヴィアがあいつを狙ったのは、俺を虐めたからではない。あいつが一番責められる立ち位置にいるからだ。そして怒られれば委縮し、動きは固くなっていく。ボールが上がらないと始まらないのがバレーボール。それを連続で失敗した時の罪悪感は尋常ではない。ま、俺は知らないけど。
「舐め……んなぁ!」
だがさすがに県上位。六度目のレシーブでなんとかボールを上げてみせた鈴木。不格好だがセッターへとボールが渡り、攻撃が始まる。
「たか……っ」
だがようやく手に入れた攻撃のチャンスに飛び出た言葉は弱音だった。本来サーブを打った選手は後衛なのでブロックはできないが、三人チームにローテは関係ない。すぐさまブロックに跳んだオリヴィアのそのあまりの高さに驚愕するアタッカー。
しかしこいつらを舐めてはいけない。レシーブを舐めているからこそ、攻撃面だけで言えば間違いなく全国クラス。ブロックは一枚。他に打てる場所なんていくらでもある。
まぁ防御面だけで言えば、こっちは全国トップなわけだが。
「にゃっ」
コートのラインすれすれを狙ったスパイク。だがそれを阻んだのは、身長146㎝の細く短い左腕。
「なんで今のが拾えるの……!?」
花音のスーパーレシーブに驚愕を超えて引いてしまう相手選手。それも無理はない。本来レシーブとは両腕でするもの。完璧にレシーブし、セッターの元へと届けるには身体の正面で受けるのが必須ともいえる。
だが花音にそれは必要ない。自分の身体を120%完璧に操れる圧倒的センス。人の身体を持ちながら猫のようなしなやかさを持つこのプレースタイルこそが、花音が『猫又』と呼ばれる所以――。
「獅子躍動」
バレーは連続で同じ選手がボールに触れることはできない。フィニッシュがオリヴィアで固定される以上一度目が花音ならボールをセットするのは俺の役目。
だが正直セッターのようなトスは苦手だ。リベロは守備専門。基本的にオーバーハンドでのトスは認められていない。
「せっかくのスーパーレシーブも、トスがアンダーじゃね」
「足手まといがいてくれてよかったぁ」
ボールの落下位置、ネット手前に歩いていくと、向こうのコートから安堵の声が聞こえてきた。確かに今からやるのは苦し紛れのアンダートス。本職セッターのトスに比べたら一段落ちる。アタックがオリヴィアだとわかっている以上ブロックは三枚揃えられる。オリヴィアといえど、170㎝近い壁三枚相手では確実に決めきれるとは言えないだろう。
そう。俺は足手まとい。リベロとして結果は残してきたが、単純なレシーブ力では花音に劣っている。俺が唯一優れていたのはどんなボールにも追いつくスピードだけ。それも今や失われてしまった。
ボールが落ちていない限りあきらめない。それが俺の持論だが、それも限界がある。いくらボールが落ちていないからといって、ただ拾い続けても勝てるわけではない。ならどうすればいいか。
「なんでもう助走を……!?」
オリヴィアの動きに戸惑うブロッカー。このタイミングはいわゆる速攻。オーバーハンドによる精細なトスからでないと放てない攻撃のタイミング。
ただボールを拾うだけじゃ人間止まり。人智を超えるには不完全な体勢でも、どれだけ遠くても。完璧にボールを上げる必要があった。辿り付いた結論は、アンダーハンドでも狙った位置、タイミングに届けられるパスの精度。
そしてこの攻撃こそが、俺の『鎌鼬』と呼ばれた真の理由――。
「「突き上げる突風!」」
本来バレーボール選手としてはありえない低身長。そのさらに下から放たれる超低空トス。ブロッカーはトスの動きを見てから跳び上がるからこそ、俺のこの低さには目が行かない。当たり前のように動くのが遅れる。
そしてブロックに遅れたのなら、それはノーガードと同じ。少し跳べば簡単にネットの上に手が出るオリヴィアのスパイクは跳ぶことすらできていないブロッカーの頭上を撃ち抜き、床に落ちていく。
「な……なんで……」
九尾の狐、猫又。誰もが知る有名な妖怪だ。だが知っていたからなんだというのだ。知ったからこそ恐れ、畏怖し、恐怖する。だからこその、
「化物……!」
たくさんのコメントありがとうございます! 応援いただけたのでかなり筆が乗ってしまいました! 専門用語多いしかっこつけたかったのでちょっと読みづらいかもしれませんが個人的にめちゃくちゃ楽しかった回でした!
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