第2章 第5話 才能
「というわけで昨夜俺の部屋に石が投げ込まれました。心当たりのある人はいますか?」
投石があった後オリヴィアを無理矢理部屋に帰らせ、ほとんど寝ずに朝を迎えたその日の放課後。俺はオリヴィアと花音に筋トレをさせている間に女子バレー部に行き、全部員の前でそう訊ねた。
「……あのさ、犯人捜しなんてしてないで警察に行ったら? さすがにそれは洒落になんないっしょ」
タオルで包んだ拳大の石を見せていると、当然犯人は名乗り出ないものの鈴木がそう声を上げた。
「いや、警察には行かない。もしバレー部に犯人がいたら大会出場停止とかの処分になる可能性もあるだろ」
「そうだけど……んなこと言ってる場合じゃないでしょ。つーかバレー部の奴が犯人だって確証でもあんの?」
「そう多くないはずなんだよ。俺たちがトレーニングのために海に行ってることを知ってて、寮の部屋まで把握していて、俺が中三の時に高校生だった人間は。女バレの三年生以外にはいないはずなんだ」
「でも呼びかけて出てくるわけないじゃん。さすがに警察に行った方がいいって」
散々俺をいびってきた鈴木だが、事の重大さに本気で心配してくれている。それはありがたいが、ありがたいだけ。
「……将来のためにも。オリヴィアと花音には全国の舞台で戦ってもらわないと困るんだよ」
「全国って……あの二人なら何もしなくても普通にプロになれるでしょ。たとえ出場停止になったって観戦すればいいだけだし……」
「外から見ているのと実際に経験するのとじゃわけが違う。一年生で高いレベルを体験できるのもな。未来の日本を背負うあいつらの経験には命を懸ける価値がある。だから大事にはしたくないんだよ」
「……馬鹿なんじゃないの」
とはいえ犯人が自首するわけないのも事実。まぁそれならそれで、いい。
「犯人捜しは終わりです。もうしないでください。それより監督、一人スパイカー借りていいですか。オリヴィアにレシーブの練習させてあげたいんです。三軍レベルでも俺や花音よりはマシなんで……」
「私が行く」
わざわざ三軍でもいいと言ったのに、手を挙げたのは鈴木。二年生でレギュラーに入れているうちのバレー部の要。そして一番俺をいびっていたはずの女が俺に協力を申し出てくれた。
「あと三軍の……名前知らないけどあんた。あ、もしかして先輩? まぁいいや。ずっと一人じゃ辛いんで来てください」
そして鈴木は三軍の三年を引き連れさっさと体育館を出て行ってしまった。
「……俺が元優秀な選手だって知って態度改めたの?」
少し前までならありえない、体育館の外で待ってくれていた鈴木にそう訊ねて今俺たちが使っている体育館へと歩いていく。
「は? あんたがいくら強くても雑用できないのは事実でしょ。使えないマネージャーに文句を言ったことの何を反省すればいいわけ?」
「……まぁ、そうだけど」
歩くのが遅い俺がマネージャーとして無能だったのは事実。だから俺だって文句は言ってこなかった。でもこの変わりようはおかしい。まさかこいつが犯人で……可能性はある。別に俺が庇ったあの女子が犯人だって決まったわけじゃない。恥をかかされたことを恨んで犯行を……そして今ここでトドメを。……ありえすぎて怖いな。
「……私もね。夢はプロのバレー選手なんだよ」
少し警戒しながら歩いていると、少し前を歩く鈴木が口を開く。
「あんたすごい選手だったんでしょ? だったらわかる? 私がプロになれるかどうか」
「どうだろうな。日本バレーのプロってのも複雑だし構造もどんどん変わっていってるし。ただ……あえて明言するなら、厳しい」
「……だろうね。だから私だって全国のチケットがほしい。あんたの言う通り、ただ観戦するのと実際にプレーするのじゃ経験がダンチだから」
「じゃあ尚更警察に行くわけにはいかないな」
「そう……なんだけどね。私はそうは思わなかった。そう思えなかった。自分の将来がかかってるのに、チャンスを捨てようとしていた。……覚悟が足りなかったんだろうね。何がなんでもプロになろうって覚悟が。だからあの特別な二人を見て……」
「やめておいた方がいいと思うけどな」
自然と声が出ていた。俺は別に鈴木が好きじゃない。どちらかというと嫌いだ。だがプロになりたいと言う鈴木にあの二人の練習を見せるのはあまりに残酷だ。
「あいつらは特別だ」
「……だろうね」
俺の言いたいことを理解していたのだろう。鈴木が頷く。いや、おそらく俺以上にわかっている。誰よりも努力しなくても、バレーを一番に考えなくても、彼女たちは余裕でプロになれる。そしてそれは俺も同じ。一年のブランクや怪我があっても、おそらくプロの世界はすぐそこだろう。才能とはそういうものだ。特別とはそういうものだ。そしてただの特別で満足できないのが、俺だ。
「ま、天才がいるのはしょうがない。バレーはそもそも身長ありき、才能ありきのスポーツだからね。でも他の国より圧倒的に身長が低い、才能がない日本が世界的に強豪なのも事実。見せてやるよ、才能がない側の努力ってやつを」
体育館に行くために鈴木が階段を下りていく。俺も後に続いたその時だった。
「……は?」
俺の身体は宙に浮いていた。
「あん……たが……!」
鈴木に連れてこさせられた三軍の三年に、背中を押されたことによって。