第2章 第3話 夜
「お……おじゃまします……」
その日の夜10時。ノースリーブのシャツにホットパンツというラフな格好のオリヴィアが俺の部屋を訪ねてきた。
「花音は?」
「もう寝てますよ。早寝すると背が伸びるって。この歳でもう伸びるわけないのに馬鹿ですよね」
部屋に来た時は少し恥ずかしそうだったが、すぐにいつもの調子を取り戻したオリヴィアはくすくすと笑っている。
「そうだな……女子は厳しいな。俺はまだ伸びるからもう寝るけど」
「いや伊達さんも無理でしょ中学生から身長変わってないんだから。……え? 今の冗談じゃないんですか?」
本気も本気。超本気だ。早寝早起きに毎日の牛乳。まだあきらめていない。目指せ名実共に150cm台……!
「それより特に変わりはないですか?」
「だから大丈夫だって……」
わざわざこんな時間に女子が一人で部屋に来た理由。普段なら間違いなくそういう意味合いだろうが、今回ばかりは違う。俺に危害を加える旨の手紙の差出人。
「ただのいたずらだって言っただろ?」
「わからないじゃないですか! 万が一! もしも! 何かあったら……必ずわたしが守ります!」
そう言ってくれるのはありがたいけど……女子に守られるのもなんだかなぁ。いや絶対にオリヴィアの方が強いんだけどさ……。
「……でも本当に万が一があったら絶対俺を置いて逃げろよ」
「それならわたしが来た意味ないでしょ?」
「そうでもないよ。ほら、ベッド横になれ」
「なっ……! さ……さすがに早すぎませんか……!?」
「違うよマッサージ。今日はずいぶん脚に負担かけたからな」
「あぁ……そういう……」
俺の部屋は一応二人部屋。去年相方が退学になっているせいで今は一人で暮らしているが、ベッドは二つのまま。俺が普段使っていない方のベッドに彼女を寝かせ、惜しげなく晒された生足に触れる。
「ぁっ、伊達さ……うまいです……んんっ」
「マネージャーとして使える場面があればなって思って勉強した。まぁ気持ち悪いって触らせてもらえなかったわけだが」
ベッドにうつ伏せになって寝ころぶオリヴィアの身体にまたがり、脚を揉んでいく。……かなり張っているな。少し走らせ過ぎたか。明日からはもう少しセーブさせた方がいいかもしれない。
「自分でもマッサージしろよ。怪我したら取り返しがつかないんだからな」
「……そうですね」
どこかオリヴィアの空気が変わった気がした。普段の天真爛漫さや、バレーの時の真剣な空気。俺への好意を抑えられないでいる状態ともまた違う、何か嫌な空気に。
「脚のこと……この一週間で調べました」
「……何のこと?」
「伊達さん楽しそうだったから……バレーをしている時。わたしや花音ちゃんといる時よりもずっとずっと楽しそうだったから、どうにかもう一度って思って……病院に彼女だって言って探りにいったんです」
「あのな……そんなんで教えてくれるはずないだろ」
「確かにお医者さんはそうでしたけど……おしゃべりな看護師さんはいるもんですね。教えてんんっ。ちょっ……つよ……あぁっ」
「…………」
マッサージをする手に力が入る。これ以上言わせないように。
「まってふともも……んっ。わたしよわ……っ、ぁっ、んぁっ」
彼女に捨てられないように、必死にその口を塞ごうとする。だって今のオリヴィアの空気は。
「……伊達さん。手術すればまたバレーができるようになるそうですね」
勝利をあきらめ、俺に失望していた時とよく似ていたから。