5話
「──はい?」
それは都合のいい妄想だった。
ロバートが言い出したのは、『私がフィオナさんを脅して虐めていたという事実を隠している』ということ。
実際にはそんなことは無い。
ロバートが崖っぷちの状況で口から出したでまかせだった。
厄介なのは『裏で脅しているという事実が無い』と証明するのは難しいことだ。
これでもし、この後どれだけ証人が出てきたとしても、ロバートはその理屈を通そうとするだろう。
ロバートは半ばでまかせで出したその理屈に思いもよらぬ正当性を噛みしめるように繰り返した。
「そうだ……お前はフィオナを脅していたんだ! 脅迫していたんだろう! だからフィオナは虐められてないなんていう嘘を──!」
「ふざけないで下さい!」
「フィオナ……?」
それはフィオナの本気の怒りだった。
そしてそれは本気の怒りだったからこそ、ロバートへと伝わった。
ロバートはフィオナの言葉が真実なのだと理解したようだった。
「ロバート王子!」
その時、教員が慌ててこちらへと駆けて来た。
ロバートはそれへ苛立った様子で返事する。
「なんだ! 俺は今大事な話を……」
「国王様が今すぐに王宮へ来るようにとのご命令です!」
「なに? 父上が……?」
「はい、それとここにいる人物全員をつれて来い、と……」
「何だと?」
◯
それから私たちはすぐに王宮へとやって来た。
謁見の間へと到着し、ロバートが扉を開けた。
謁見の間には四人の男性がいた。
国王、ドミニクの父、レオの父の騎士団長。そして私の父親だ。
全員険しい顔でこちらを見ている。
一番最初に口を開いたのは国王だ。
「とんでもない事をしでかしてくれたな」
国王は苛立ちを込めた声と共にロバートへと言い放つ。
ロバートはすぐにどういう理由でここへ呼ばれたのか察知したようだ。
「プレスコットの当主から全て聞いている。それで、どう説明するつもりだ?」
「ち、父上! これには事情があるのです!」
「ほう? それは?」
「……アリスはフィオナを虐めていた挙句、脅していたのです! だから──」
「ほう! そんなことをしていたのか! なら、問いただそう。本当にそんな事実はあったか?」
国王はわざとらしく驚き、そしてフィオナへと質問した。
「安心しろ。もし誰か人質に取られていてもここでなら情報は漏れでることはない。だから、真実を述べるのだ」
国王の言葉に頷くと、フィオナはハッキリと告げた。
「私は脅されてなんかいません! 全てロバート王子のでまかせです!」
「フィオナ!」
「だ、そうだ? 他に言い訳はあるか?」
ロバートはフィオナに対して怒鳴り、国王はその姿を見て呆れてため息をついた。
「そ、そんな……バカな……!」
誤魔化しようの無い真実を突きつけられて、ロバートはがっくりと項垂れ膝を突いた。
「冤罪に、暴行に、脅迫に、これ程までお前が考え無しに行動するとはな」
「それは……! フィオナが虐められていたと聞いてついカッとなって……」
「怒りで我を忘れていたら罪は無くなると?」
「……」
黙ったロバートから目を離し、国王は私へ質問した。
「アリス嬢。大方事情は聞いているが、他につまびらかにしておかなければならないことはないか。遠慮はせず正直に、真実を話して欲しい」
「……先程食堂で昼食を摂ろうとしたのですが」
「うむ」
「彼ら三人に取り囲まれ暴行を加えられそうになりました。レオ様は真剣を持ち込み、罪を裁くという名分で斬りつけられそうになりました。丁度国王様の御命令が来て危険を逃れましたが、もう少しで剣を振り下ろすところでした」
私は包み隠すことはせずにさっき起こったことを述べた。
私が述べた事実に大人四人は目を見開いて驚愕した。
そして騎士団長が怒声をあげた。
「レオッ! お前ッ!」
騎士団長はレオを思い切り殴った。
本気の怒りと共に繰り出された拳は手甲をつけていたことも相まって相当痛そうだ。
しかしレオは鍛えているのもあり、私とは違い吹き飛ばされたりはしなかった。
精々殴られた親をにらみ返すぐらいだ。
「痛って……」
騎士団長はレオの胸ぐらをつかみあげる。
「女性に手をあげただけでなく、騎士の誇りである剣を向けただと……!? だれが暴力のために振るえと言った!」
「それは……」
「お前はもう騎士などではない……! お前がこれから騎士を目指すのは生涯許さない……!」
「はぁ!? 生涯ってそんな……ウソだろ!?」
騎士団長はついに涙を流した。
レオはそれでやっと騎士団長の言葉は軽いものではないと理解したようだった。
謁見の間に騎士団長の嗚咽が響く。
国王は私へ再度問いかけた。
「他にはないか?」
「あります」
そして私はポケットから砕かれたペンダントを取り出した。
今朝手紙で状況を伝えた私は、このペンダントのことを伝えるのを迷い、結局言わなかった。
しかし、今はもう黙っているつもりは無い。
「“家紋の入った”ペンダントを壊されました。ロバート様とドミニク様とレオ様に」
そう言って手のひらにのせたペンダントを見せる。
「ペンダントを足で何度も踏みつけられ、壊されました」
私の発言に、大人四人はさっきよりも驚愕していた。
普通のペンダントを壊されたくらいではここまで驚愕しない。
なぜここまで驚くのかというと、家紋が入っているペンダントを壊したからだ。
家紋には家の誇りや名誉が詰まっている。
つまり、家紋を入れた装飾品を踏みつける、ということはその家紋の家に対する宣戦布告と同義なのだ。
父を除く国王たち三人は表情が真っ青になった。