2話
「チッ、おい。こいつ気を失ったぞ」
レオはアリスの上にしゃがみ込み顔を見ると舌打ちをしてロバートとドミニクを見た。
ロバートとドミニクも同じく苛立った様子でアリスを見ている。
彼らは無抵抗の女性に暴力を振るったことに罪悪感は抱いておらず、むしろ「フィオナを虐めていたのだから当然だ」と考えていた。
ちなみに、フィオナが虐められてたとき、持ち物を失うことはあったが、直接罵倒を吐かれたり、暴力を振るわれるといったことは無かった。
この時点で「フィオナがされたことをやり返してやる」というのを逸脱しているが、暴走した彼らは気づいていない。
「ふん、まぁ構わない。取り敢えず教科書を裂くぞ。フィオナが受けた苦しみをコイツに理解させてやるんだ」
「りょーかい。……ん? なんだこのペンダント」
レオはアリスの胸元にかけられたペンダントを見つけた。
それはアリスの宝物であり、幼い頃両親から貰った命の次に大事な物だった。
しかしレオはそんなことを知らない。
いや、知っていれば喜々として奪ったのかもしれない。
「ちょうどいいぜ。これもブチ壊してやるか」
レオはニヤリと笑う。
そしてアリスの胸元からペンダントを引きちぎった。
◯
「うっ……」
目が覚めた。
目に入ってきたのは白い天井と、私の周りをぐるりと囲む白いカーテン。
私は今ベットに寝かされているようで、レオに殴られた頬にはガーゼが貼ってあった。
私はここがどこかを理解した。
ここは医務室だ。
レオに暴力を振るわれて気を失った後、私は医務室に運び込まれたらしい。
王子たち三人が運び込む訳がないので、そこら辺にいた生徒に命令したのだろう。
「あれ……?」
おかしい。
私の首にかけてあったペンダントが無い。
あれは大事なものなのに。
そこで私はロバートの言葉を思い出した。
『お前がそのつもりなら、フィオナがされたことをお前にもやり返してやる!』
私はハッと顔を上げた。
そしてベットから飛び出した。
まだ意識は朦朧としている。
けど、あれは大事なものなんだ──。
ガラッ!と教室の扉を勢い良く開ける。
机の上には、ビリビリに引き裂かれた教科書が置いてあった。
ロバートたち三人がニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
私は悟った。
彼らの言う復讐が始まったのだと──。
周囲の生徒たちは机の上の無残な教科書を見てざわざわと騒いでいる。
「これは何を……」
「だから言っただろう。お前にフィオナが受けた屈辱と痛みを思い知らせてやるとなぁ!」
「ですからそれは私では無いと──!」
「黙れ! 言い訳は聞き飽きた!」
ドン!とロバートが机を叩きつける。
騒いでいた生徒もざわめきを
すると突然横から声をかけられた。
「おー、丁度いいところに帰ってきたなぁ」
声の方向を振り向くと、レオが私のペンダントを持っていた。
くつくつと笑いながら私のペンダントを手に持ってぷらん、と垂らしている。
「それは私のペンダントです……!」
「知ってるよ。だからオレが持ってるんだからなぁ」
「なっ……! それは窃盗ですよ!」
「知るかよ」
「返してください!」
「嫌だね。ハハッ! そらよ、王子サマ!」
私はレオへ向かって走り、大事なペンダントを取り返そうとする。
しかしレオは無造作にロバートへとペンダントを投げた。
ロバートはそれを受け取った。
私はロバートへ向かって走ろうとするが、レオが私を羽交い締めにして阻止する。
鍛えられているレオの力はただの公爵令嬢は振りほどくことが出来なかった。
「離してっ……!」
「離すかよ! お前が苦しむ姿を見たいんだからな!」
「無駄ですよ。あなた如きがレオの拘束は振りほどけません」
レオとロバートの横にいるドミニクが笑う。
何度も暴れるが完全に拘束された私は抜け出すことが出来ない。
私は王子へ向かって必死に叫ぶ。
「王子! 返してください! それは私の大事なものなんです……!」
「必死ですねぇ。本当に無様で最高ですよ。プレスコット嬢」
「プレスコット! ずっとそういう顔が見たかったぜぇ!」
ゲラゲラとダニエルとレオが嘲笑う。
そして私が必死に返すようにお願いするその様子を見て、ロバートは心底楽しそうにニヤリと笑った。
「そうか。これはお前に取ってそんなに大切なものなんだな?」
そう言うとロバートは手を開いてペンダントを床へと落とし──思い切り踏んだ。
「──ぁ」
やわな金細工のペンダントは、それだけで壊れた。
ロバートは私の絶望に染まった表情を見ながら踏みつけている。
「ハハハハッ! 最高の気分だ! おい! お前らも楽しんでおけ!」
「了解しました」
今度はダニエルがペンダント踏みつけた。
ゆっくりと。なじるように。
グリグリと音を立てて踏みつける。
「プレスコット嬢、これが因果応報です。フィオナを虐めた脳みその小さい貴女でも理解できましたか?」
一段と絶望に染まっていく私の表情を、ダニエルは楽しそうに観察していた。
「──やめて」
私の制止の声はもちろん聞き入れられず、今度はレオがダン!と勢い良く踏みつけた。
「オレは優しいからな。修理なんか出来ねぇように粉々にしといてやるよ」
レオはそう言うとダン!ダン!と何度も力強くペンダントを踏みつけた。
ペンダントからバキ、と壊れていく音が聞こえてくる。
「──」
私はもう声が出なかった。
「あー、最高だなその顔。ちゃんと自分がしたことの結果を噛み締めろよな?」
レオはそう言って最後にペンダントを蹴り飛ばした。
ペンダントの一番大きな残骸が私の元まで転がってきた。
私は震える手でそれを拾い上げる。
ペンダントはぐちゃぐちゃにされていて、元の形には修復出来そうに無かった。
ロバートたち三人は私へ嘲笑を向けて去っていく。
「覚悟しろよ? 俺達はお前がフィオナの痛みを理解できるまで復讐し続けるからな?」
私は何も言えない。
そうしてロバートたちは教室から去っていった。