長澤瑞樹①
川崎まりなが妊娠した。
この知らせを聞いたのは、俺が丁度自分の店を閉める作業をしている時だった。親友から電話があり、遅い時間だったため何か緊急の連絡かと身構える。通話ボタンを押すと親友が性急に言葉を発した。
「お前の元カノ妊娠したぞ!」
「元カノ?」
俺は昔はかなり女遊びが激しかったため、どの元カノのことだろうかと考え沈黙する。一瞬川崎まりなのことが頭をよぎったが、彼女に限ってそんなことは起こらないだろうとすぐに考えを取り払う。しかし。
「川崎まりなだって!お前がめちゃくちゃ好きだったあの子!」
思考停止した。何かの聞き間違いかと思った。
「自分は結婚する気はないって言ってお前と別れたのに薄情な女だよな。でもよかったよ、お前がそんな尻軽女とわかれ、」
プツッと携帯を電源ごと切る。
例え自分のことを守るつもりであったとしても彼女の悪口はあまり聞きたくなかった。
親友の佐野には今まで仕事の話から恋愛の話までいろんな相談事をしてきていた。そのため、俺が愛していた川崎まりなの話も知っていたのだ。
しかし今はそんなことどうでもいい。彼女がなぜ妊娠しているのかが問題だ。
妊娠。結婚したのか。
彼女は人間に興味がなく、結婚するつもりはないとずっと言っていたのに。それにもかかわらず妊娠まで。
一気にいろんなことを考えたので目眩がし、店のソファに座り込む。
「妊娠…、まりなが、妊娠…」
脳が処理に追いつけず、うわ言のように呟く。
俺は彼女の幸せを願っていた。誰とも結婚せず、自分の道を行く彼女を尊敬していた。しかし、彼女が自分以外の誰かと結婚するとなると話は別だ。
誰かのもになるくらいならいっそ誰のものにもならない方がマシだったから、そんな考えの彼女との別れを承諾したのに。
とりあえず彼女が好きになり結婚した男のことが気になる。彼女のことだからそこらへんにいるような平凡な男ではなく、さぞ素晴らしい男性なのだろうと思うが、詳細を知るまでは決して俺の腹の虫が治ることはない。
いまだに消していない彼女の連絡先に電話してみることにした。