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川崎まりな②

結婚したという既成事実さえ作ってしまえばいい。そう考えていたのはどうやら彼女だけではなかったようだった。


「結婚してくれさえすればいいのよ。私はあんたの花嫁姿を拝みたいだけなんだから」


母親に例の如く結婚に関することで呼び出されたが、今回は話の流れに乗ってみることにした。そうしたら、母親も恋愛や結婚にさほど理想を持っている人間ではないことが判明した。


「ということは、離婚したっていいってこと?」


母親は珍しく会話のキャッチボールをした娘に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに話したがりでお節介のおばさんに戻り話を続けた。


「そうよ。今時熟年離婚も珍しくないし、そもそも仲のいい夫婦って存在するものなのかしらね。私はテレビでおしどり夫婦っていうのを見るたびに必ず仮面夫婦を疑うわよ」


まりなの母親と父親は、彼女が高校を卒業すると同時に離婚した。

当時は、多少なりともショックを受けており、1ヶ月ほど引きずったが、今では仕方のないことだと完全に割り切ることができていた。

決定的な亀裂が入れば、関係の修復は困難なものだ。


「でもね、私はほんの一瞬でいいから、あなたが幸せ絶頂の時の姿を見たいのよ。ウェディングドレス姿。あと、できれば孫も見たいわ。あんたはしっかりしてるから離婚したってなんとか育てていけると思うし」


「…………。いつも思うけど、どうして結婚が人間の幸せって思うわけ?」


いつも母親の話には面倒くさくて返答しなかったが、少し疑問に思っていたことを質問した。


「だっておめでたいことでしょう?たくさんの人に祝福されるのよ。他人同士がくっつくなんてすごいことだし」



それは人によるだろう。


そう言い返そうとしたが、まりなは言葉を喉の奥に飲み込んだ。生きてきた時代が違う人間にそんなことを言っても無駄だと思い出したからだ。


まりなはいつも通り適当に母親との会話を切り上げ、自分の家に戻ることにした。道すがら、腕を組んで歩くカップルや会話を楽しむカップルを目撃した。


自分がああなりたいとはあまり思わなかった。


だが、ああならないと自分のモヤモヤは霧払いされないのだと思う。



普通の人間はこんなことで難しくあれこれ悩んだりしないものなのか。自分が捻くれているから、全てに意味を持たせたがってしまうのか。今まで自分自身を微塵も疑って来なかったのに、どうも最近調子が悪かった。



自分が人を好きになれる人間であったら。世間と自分の幸せが一致していたら。そうであれば、どんなに楽であったか。



落ちている石を蹴飛ばし側溝に落とす。他と違うからって悩んだりする人間じゃなかったのに。そう思いながら、彼女は帰路に着いた。







翌日は仕事であったため帰宅後すぐに眠りについた。朝になり、起床と同時に一通のメール通知が鳴り響いた。


[まりなちゃん、おはよう。今日も仕事頑張ろうね]


メールの主の男は、まりなと同じ会社の海野航という者であった。3ヶ月ほど前同僚が勝手にまりなの電話番号やアドレスを教えてしまい、それ以来まりなへのおはようメール攻撃が続いているのだった。


「……。この人もよく飽きないなぁ。一回も返信したことないのに、」


いつものように返信を無視して身支度に取り掛かろうとしたが、ここで彼女の頭にある案が浮かんだ。



海野は物腰の柔らかい如何にもな優男であった。仕事はできるが、それを鼻にかけず、周囲との緩衝材の役割を果たすような有能な人間であった。



自分の求めている相手に丁度良いのではないか。


目的があるのに何もしないままボーッとしていても仕方ない。まりなは試しに彼と関わってみることに決める。





[おはようございます]


彼女は海野に初めての返信をした。







「か、か、川崎さん!」


出社するとまりなを見つけた海野が一番に声をかけた。


「おはようございます。海野さん」


「返信してくれてありがとうございます!あの、嬉しかったです…」


メールを返信しただけで感謝されるとは随分と自分も偉くなったものだと感慨に耽っていると、海野は頬を赤らめたままその場にまだ止まっていた。


「あの、まだ何か、」


「食事に、行きませんか?いいパスタのお店知ってるんです。パスタがお嫌いでしたら和食のお店とかも知ってるので、」


「はい、いいですよ、行きましょう」


「え」


予想とは違う海野の反応に疑問符が浮かぶ。あっけに取られたようなそんな表情。ふと周囲にいた同僚たちに目を向けると、彼らも同様の面持ちをしていた。


そんなに変なことを言っただろうか。


「ぜひ!ぜひ行きましょう!よかった、ダメ元で言ったので、了承してもらえると思ってなかった…」


満面の笑みだった。それが自分に向けられていると思うと少し恥ずかしくなったが、多少嬉しくもあった。

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