佐藤なぎさ①
川崎まりなが妊娠した。
そんな衝撃的なニュースを知ったのは、友人伝いのチャットであった。
彼女はずっと結婚しないものと思っていた。誰とも付き合わず、誰も好きではなかったから。
俺、佐藤なぎさは川崎まりなとは同じ高校の同級生だった。
入学した頃からずっと彼女が好きだった。ミステリアスで美人で笑顔が可愛かった。一目惚れなのだろうか、すぐに好きになってしまったのだ。
しかし、彼女はモテた。ものすごいモテた。ただモテるだけなら俺にもチャンスがあったが、彼女はモテても誰とも付き合わなかった。サッカー部のイケメンの先輩とも、学年一の秀才同級生とも、ひとつ下の学年の可愛い系美少年とも付き合わなかった。
これだけ選り取り見取りのハイスペ男たちが告白してもなびかないのならば、俺なんかが告白しても報われるはずがないのは明白だった。
だから諦めてからは遠くから眺めるだけで十分だった。諦めても他の男と付き合うことはないという確信に近いものがあったから、何故か安心できた。
高校を卒業してからも彼女のことは1日に一回は考えていた。忘れようとしても忘れられず、俺の頭の中には彼女が住み着いたままだった。お陰でうまくいかないことも多かった。取引先との会議中、廊下を綺麗な黒髪ボブの女性が通れば川崎まりなのことを考え上の空になり激怒され、大切な彼女とのデート中もふと川崎まりなの白い首筋を思い出し劣情に浸っているといつの間にか口にも出していたようで気持ち悪いと彼女に振られた。
こんなことばかりだ。川崎まりなとろくに話したこともないのに脳内の彼女に踊らされ、ことごとく大事な場面で失敗してきた。
もう彼女のことを考えるのはやめよう。彼女を忘れよう。彼女はいないんだ。というように最近自己暗示をかけるようになって、やっと忘れられそうになっていた矢先にこのニュースだ。
元から俺の恋人でもないのにショックで頭がおかしくなりそうだ。
認めたくない。恋人ができたというニュースでも数日は立ち直れないだろうに、結婚を通り越して妊娠など、もう死んでしまいそうなくらい俺の心はショックだった。
絶対に許せない。どこのどいつが彼女の心を射止めて、彼女を妊娠させたのか。それを突き止めるまでは俺の煮えたぎった心はどうもおさまりそうになかった。
そうして俺は彼女の連絡先も知らず、彼女への大したツテもないのに、彼女に会うための算段を立て始めたのだった。