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9.あら汁と漬け丼を作る

残りのヒラメをどうしようか悩んでいたが、味噌やみりんなどを見てから既に献立は決めていた。


ヒラメの漬け丼とあら汁だ。


王様からはいつでも好きな時に厨房を使っていいと許可をもらっている。


そこにある物も基本自由にして良いとの事だった。


なので、先ほど買ってきた調味料類だけをもって厨房に向かう。


「今から作れば、丁度お昼ごろにはできるだろ」


さっそく準備に取り掛かる。


まずは米を洗い、水に浸しておく。


次にヒラメのあらを取り出し、軽く水洗いした後塩を振る。


どちらも暫く放置しておく必要があるため、その間に別の作業をする。


「ん?」


漬け用にヒラメを切り身にしていると、厨房の入り口にチラチラと動く人影があった。


本人は隠れているつもりなのだろうが、艶やかな金髪が見える。


「セラ、いるのかい?」


俺がそう声をかけると、「あれ、バレちゃった?」と笑いながらセラが姿を現した。


リアも一緒にいるかと思ったが、どうやらセラ1人のようだ。


「リアは一緒じゃないの?」


「ええ。ヒロトこそ、リアと一緒にいると思ってたわ。私が厨房に入ろうとすると口煩いのよね、リアって」


なるほど、だからリアがいないか厨房の中をチラチラと覗いていたのか。


「ねぇねぇ、今度はなに作るの?」


リアがいないことを確認したセラは、軽い足取りでそばに寄ってきた。


ほぼ体が密着しており、俺の左腕を両手で掴んで来る。


とてもフレンドりーというのか、パーソナルスペースが狭いというのか、誰に対してもこうなのだろうか。


もしそうなのだとしたら、リアが過保護にするのも頷ける。


それにしても、とてもいい匂いがする。ほんのりと甘い、花のような香りが鼻孔をくすぐる。


「あ、あぁ。残りのヒラメを使って、あら汁と漬け丼を作るつもりさ」


沸き上がる欲望を必死に押さえ込み返事をする。並みの男だったら今すぐ押し倒しているだろう。


それほど彼女は魅力的だった。


妖艶さ、セクシーさで言えば年齢的に及ばないが、胸をギュッと締め付けられるような純粋さというか、透明感が半端ない。


一般市民にもとても親しまれていると聞く。それも一種のお姫様として必要な資質かも知れない。


「ヅケドン? なにそれ面白い。なんか魔法みたいな響きね」


その語感で魔法を想像するという事は、この世界には語尾にドンが付く魔法が存在するという事か。


天変地異を起こし、世界を崩壊させる究極魔法『ハルマゲドン』そんな物が有るのかも知れない。


「違う違う。ドンはどんぶりの略だよ。どんぶりっていうのは、大きなお椀に炊いたお米を敷き詰め、その上に具材を乗っけた物をいうんだよ」


「うんうん。全く想像がつかないけれど、それも美味しいのね?」


「ああ。だから楽しみに待っててくれ」


「えぇ。分かったわ……。ねぇ、ヒロト……」


俺から少し身を離したセラが、俯きがちにもじもじとしている。


「ん? どしたの?」


「その、また近くで、見ててもい~い?」


抱きしめていいっすか?


あまりの可愛さに、またも理性が吹っ飛びそうになる。


グイグイ来るかと思いきや、こういった所で恥ずかしがる。そのギャップたるや破壊力は抜群だ。

勿論断る理由などない。


「全然構わないよ。地味な作業ばかりだけど」


俺が了承すると、セラが「ほんと!?」と言って顔を明るくした。


「良かった~。この間の事リアにも叱られたし、コック長にも怒られたのよ。包丁を握っている人の傍をウロチョロするんじゃないって」


確かにリアやコック長の言っていることも正しい。万が一包丁などが滑って怪我をさせてしまうかも知れない。


それに火や油を使うので、火傷や怪我のリスクもある。


しかし、興味の有る事から遠ざけるのは良くないと思うし、それは料理をする側が気を付ければいい。


そこでふと有る事を思い出す。


「あっ! どうやって火をつけよう」


火は魔晶を使って起こす。その魔晶に火をつけるためには魔力が必要だ。だが、異世界から来た俺には魔力は無い。それに今この場にはリアがいないのだ。


「エッヘン!!」


何やら隣から可愛らしい咳払いが聞こえた。


そちらに目をやると、セラが両手を腰に当て胸を張っている。


「え、ええと」


「エッヘン!!」


「あ、よろしくお願いします」


「宜しいでしょう」


セラに火をつけてもらい、水を張った鍋を置く。


火加減の調整は、リアは注ぐ魔力で行うと言っていたが、ここのかまどには火加減を調節できる弁のようなものが有った。


まずは、あらにかけるための熱湯が必要なので強火にかける。


その間に、醤油、酒、みりん、すりおろした生姜とニンニクをボウルに入れ、切り身にしたヒラメを混ぜる。


よく混ざったら一旦冷蔵庫にしまい、海苔を刻んでおく。


次は米を炊く工程に移る。


水に浸しておいた米を1度ざるにあげ水気を切り、鍋に移した後水を加える。


どうやらこの世界の単位も地球のそれと同じ様で、手間取ることは無かった。


今回炊く米の量は3合。そのため必要な水の量は約650mlだ。


蓋をした鍋を中火にかけ沸騰するまで待つ。


それを待っている間に、あら汁に入れるための具材を準備することにする。


何にしようか悩んだが、大根を使うことにした。


3㎝ほどに輪切りした後皮をむき、薄いいちょう切りにする。


大根を切り終わると、湯引き用のお湯が沸いたので、ヒラメのあらにかけ臭みをとる。


再び鍋に水を入れ、その中に乾燥昆布と大根を投入し火にかける。


後は、沸騰直前に昆布を取り出しヒラメのあらをいれ、丁寧に灰汁を取り除いたら味噌を溶いて出来上がりだ。


米の方は、沸騰が確認出来たら2分ほど待ち、少し火を弱めて3分、さらに弱火にして6分ほど待つ。


蓋を開けて水分が無くなっていることを確認したら、蒸らしに入るため再び蓋をしめ5秒ほど中火にかける。


これは、一旦蓋を開けてしまって鍋の中の温度が下がってしまうため再び加熱するのだ。


後は10分ほど待てばご飯の炊きあがりとなる。


「うん。美味い!」


味噌を溶いたあら汁の味見をしてみる。きちんと昆布とヒラメの出汁が出ており美味しい。味噌ももっと雑な味がするかと思ったが、そんな事は無かった。


そして、ご飯を蒸らしている間に使った調理器具を洗う。


「ヒロトって、元の世界ではコック長か何かをしていたの?」


一息ついた俺に、セラがそんな事を尋ねてきた。


「ん? いや、そんな事は無いけど」


「でも、ものすごく手際が良かったわ」


「まぁ、1人暮らしをしていたから、炊事、洗濯、掃除は自分でやらなきゃならなかったしね。それに、社畜が辛くて仕事を辞めるのにお金が必要だったから、自炊して食費を押さえる必要が有ったし」


「社畜?」


「ああ、簡単に言うと組織の奴隷みたいなものさ」


「そう。とても、大変な日々を過ごしてきたのね」


「ここの世界の人が大変じゃないとは言わないけど、ずっと働きづめだったからね」


「でも、ここにいる限りは、そんな大変な思いはさせませんから」


「ありがとう。今でも十分良い扱いを受けていると思うよ。なんせ捕まった時は牢屋に入れられるかと思ったもん」


「もし、ヒロトが悪人だったらそうなっていたかもね。でも、ヒロトは私の……」


「姫様!? こんな所にいましたか!」


セラが何か言いかけたが、それを遮るようなリアの大声が厨房に響いた。


「探しましたよ! また稽古をサボって」


入り口には肩を怒らしたリアが立っている。


そして、リアの鋭い目がこちらを射貫く。


「貴様だな! 貴様が姫様をたぶらかしたのだな!」


リアは常にセラの尻に敷かれているとばかり思っていたが、こうやって叱ったりなど、一方的な主従関係が有るわけではなさそうだ。


「いや~、料理を作るのに火が付けれなくて。リアを探していた所、セラとばったり会ったから手伝ってもらったんだよ」


「何っ! 姫様は火をつける道具ではないのだぞ!」


そう言うとリアは厨房の棚をガサガサとやると、細長い器具を取り出した。


「今度からはこれを使え!」


その物体は、根元にレバーが付いており、それを引くと先の方に取り付けられた小さな火の魔晶が現れる仕組みになっている。


「これは?」


「それは、魔力の扱いにまだ慣れていない者や、魔力が切れた際に火をつけるための魔道具だ」

「なるほど、ライターみたいなものか」


「ライター? というものが何か知らんが、今度から火をつけるときはそれを使え!」


「ああ、有難く頂戴するよ」


「さぁ、セリオラ様。今から稽古に向かいますよ」


リアがそう言ってセラの手を取った時、正午を告げる鐘が城に響いた。


「ふふっ。さぁ、リア、ヒロト。お昼にしましょう」


嬉々としたセラとは対照的に、リアはがっくりと肩を落とした。

9話お読みいただきありがとうございます。

今回は料理回でした。

分量とかやり方はどれが正しいとかはありませんので、人によってそれぞれ異なると思います。

とにかく美味しく出来れば良いのです。

あくまで、ヒロトのやり方です。

では、また次回お会いしましょう。

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