8.味噌を買う
翌朝、太陽の光で目を覚ますと、この世界の平民が着ているという普段着に着替えた。
1人で街の外に出ることは危険なため禁じられていたが、それ以外は特に行動の制限はされていない。
そのため、今日は街を散策してみることにしていたからだ。
改めて砂浜の地形を確認しておきたいし、城へ連行される時遠目に見えた船着き場や堤防の様子も確認しておきたい。
「貴様、どこへ行く?」
部屋を出て、リアの部屋の前を通り過ぎた時、後ろから声をかけられた。勿論相手が誰だかわかっている。
「今日は街の様子を見に行くだけだよ。外に行ったりしないさ」
振り返り、声をかけてきた主に言葉を返す。そこに立っていたのはやはりリアだ。
鉄兜はしていないものの、いつも通りきっちりと鎧を着こんでいる。そして、寝不足や疲れた様子などはない。
「そうか。まぁ私も貴様の散歩にいちいち付き合っているほど暇では無いのでな。勝手に行くがいい」
いつも通りの言葉遣いだが、俺はおや? と思う。
まだ俺の事は信用しておらず、1人で行動させるとは考えていなかったからだ。
「ああ。心配させないようあまり遅くならないうちに帰って来るよ」
「だ、誰が貴様の心配などするものか!」
「いや、別にリアに言った訳じゃないんだけど。遅いとセラが心配するだろ?」
「――っ!!」
俺がそう言うと、リアが恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
そして、何かを投げつけてきた。
小さな布袋が胸に当たる。ズシリと重い。
ぶつかった時の音から察するに、恐らく硬貨だろう。
「そ、それは姫様からの餞別だ! む、むむ無駄遣いするなよ!」
照れているのか怒っているのか良く分からない表情で捲し立ててくる。
「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
今の所は物に困っていなので、特に買い物をする予定は無かったが、街で何か欲しい物が有るかも知れないし、今後必要になって来るかも知れないため、有難く頂戴することにした。
後でセラにも直接お礼をいう事にしよう。
◆◆◆
城の門を出ると、眼下には海沿いの城下街が広がっている。
まっすぐ行くと街の中心の大広場にぶつかり、そこからまっすぐ行くと港湾エリア、海を正面に右へ行くと居住エリア、その反対側は商業エリアとなっていた。
街並みはとてもきれいで清潔感がある。そして、潮風がとても心地よい。
今の所居住エリアに用は無いので、商業エリアに行くことにする。
街は活気で溢れており、そこかしこで談笑する奥様方や、元気に走り回る子供達もいる。
トゥヌス王の治世が良いのか、人々は幸せそうで治安も悪くなさそうだ。
商業エリアの入り口付近は様々な露店が並んでおり、近くの海で採れたであろう魚、野菜や果物、動物の乳、民芸品などが売られている。
さらに進んでいくと、店舗を構えた店が並んでいた。
武器・防具屋は勿論の事、道具屋、洋服屋、雑貨屋、本屋などが軒を連ねている。
さらに奥に進むと、酒場や宿屋などが見える。
その中で、1つ気になる店が有った。
「輸入食品専門店?」
この世界にもそういったお店があるのか、そう思い中を覗いてみることにする。
営業時間内だからなのか、ドアは開いており外から中の様子を伺うことができる。
どうやら客はいない様だ。
「ちょっと、覗いてみるか」
中に入ると、商品はどうやら国毎に分けて陳列されているらしい。どこの国の食品か分かる様に、国旗や国名等が書いてある。
しかし、どれがどの国なのか全く分からない。やはりリアも一緒に来てもらえば良かっただろうか。
だが、左手の奥の方に目をやると見慣れた商品が置いてあった。
「お米だ」
既に精米された状態で売られている。
お米が陳列されているという事は、もしかしたら地球で言うアジア地方の陳列エリアなのかも知れない。
そちらの方に進むと、思った通り醤油の様な黒い液体が入った瓶、海苔、鰹節等が置いてある。
そして、小さな木桶に入った味噌も売られていた。
国名の札には『ヤハン』と書かれている。
もしかしたらこのヤハンという国は、日本と同じような食文化なのかも知れない。
味噌は信州味噌の様な淡い色をしている。
その他にも、みりんや酢、酒のような物も置いてあり、一通り買うことにした。
奥で新聞を読んでいた店員を呼び会計をしてもらう。
物価が実際どんなものか分からないが、セラから貰ったお小遣いの半分ほどを使ってしまった。
だが、これでかなり料理のバリエーションが増えるだろう。
買った物を1つの布袋に入れてもらう。
思いのほか大荷物になってしまったが、良い買い物が出来たので満足だ。
「やっぱ、来てよかったな。定期的に来よう」
他の国の食材も気になったが、また今度来た時にでも見てみようと思った。
次はその足で港湾エリアに向かう。
街並みもそうだが船着き場もきちんと石畳などで整備されており、しっかりしている。
海上には何隻もの帆船が停泊しており、漁船や貨物船、客船と思われる形のものが浮いている。
水はとても透き通っていて、偏光サングラスをかけなくても底の方まで見える。
現在の潮の満ち具合は分からないが、堤防際は3mほどの深さだろうか。
時折魚の群れが泳いでいる。
「あれは、イワシかな」
細長い小型の魚の群れ。それがそこそこのスピードで泳ぎ回っている。
海底には良い感じに砂や岩場などがあるため、砂のエリアではキスやカレイが、岩場ではメバルやアイナメなども釣れるかも知れない。
そんな期待に胸を躍らせながら、城へ帰ることにした。
自室に戻り、買った調味料を一通り味見してみると、多少風味などは違うが、日本のそれらと同じだった。
これで、残りのヒラメのレシピは決まった。
必要な調味料を厨房へ持っていく途中、セラを見かけたのでお金をくれたお礼を言った。
だが、帰ってきた返答は意外なものだった。
「それ、私じゃないわ」
マンドラゴラでイタズラした事を、リアは少し反省してたみたいです。
でも、ヒロトにからかわれたので強がっちゃったみたいですね。
---用語解説とか---
偏光サングラス:偏光レンズを使ったサングラスの事。水面の照り返しのギラつきを抑えてくれるので、海の状況がよく見える。