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3.ヒラメを捌く

 厨房は調理台と思われる大きいテーブルが中心にあり、壁際にはお皿や調理器具が収納している棚、かまど、大きな流し台とその横には水瓶が並んでいた。

 それと、高さが自分の身長――180㎝――と同じくらいの長方形の箱が入り口近くに置かれていた。


 テーブルの上には、まな板と思われるであろう使い込まれた丸太が置かれている。

その近くには包丁も置かれていた。流石に出刃包丁や柳葉包丁は見当たらないが、魚を捌くのには問題ない形状をしている。三徳包丁に近い。


「ここに有るものは基本自由に使っていいが、少しでも怪しい動きをしたら容赦なく切るからな」

 包丁を手に取ろうとした俺に、リアが脅しかけてきた。

 普通に魚を捌くだけなんだけどな。包丁を握る度、脅しや警戒をされても疲れるだけだ。

俺は半ばあきらめ、包丁を流し台へもっていく。

クーラーボックスから平目を取り出し、水瓶から掬った水で洗い流す。

 まずはウロコを取る所からだ。いつも捌いている平目と違って表面がゴツゴツしているが、包丁を使って取り除いていくことにする。


「一応聞くんだけど、包丁ってこれだけ? 柳葉包丁なんて無いよね?」


 文化がそもそも違いそうだし、ぱっと見で見当たらなかったが、どこかにしまってあるかも知れない。

包丁を使ってウロコを取る場合、柳葉包丁がやりやすいのだ。


「ヤナギバボウチョー? なんだ、それは?」

 やはり聞いたことが無いのか、リアは眉間に皺を寄せながら首を傾げた。勿論右手はいつでも剣を抜ける様に柄に添えられている。

「長くて細い包丁なんだけど……」

「ふむ、長くて細いとなると、カタナ、というやつか?」

「う~ん。似てるけど、ちょっと違うかな。っていうか、カタナを知ってるの?」

「1度見たことが有るだけだ。遠い西の島国特有の剣との事だ」

 未だこの世界の事が分からないが、どうやらカタナという物が存在するらしい。

もしかしたら、その国に行けば出刃包丁や柳葉包丁も有るのかも知れない。

 しかし、今はそんなものは無いので、ここにある包丁を使わざるを得ない。


「分かった。無いならコレで何とかするよ」


 平目をまな板にのせ、ウロコと皮の間を包丁を寝かせながら刃を入れていく。

まずは盛り上がっていてやりやすい真ん中からだ。

角度を付けすぎないように、テープ状に削いでいく。


「姫様! 危ないですよ!」

 すると、リアの慌てたような声が聞こえた。

手を止め振り返ると、セリオラがピョコピョコと入り口付近で覗こうとしていた。

「えぇ~、いいじゃ~ん。いざとなったらリアが守ってくれるんでしょう?」

「た、確かにそうですが、あまり近づかれると守ることがむ――」

「ねーねー、今何してるの?」


 リアの体を押しのけ、セリオラがピョンと俺の左隣に来た。しかも、その右手は俺の左の背中に触れている。


「――貴様!? 姫様に触るな!」


 いや、触るも何も、俺からは触れていないんだが。

「もぉ~! リアは黙ってて。今は私が聞いてるんだから」


 先ほどの謁見の間で見た姫とは少し雰囲気が違った。もう少し凛とした感じだったが、これが本来のセリオラなのかも知れない。


「えっと、包丁で魚のウロコを取っております」

「へぇ~、そうやって取るのね」

「はい。他にも金ダワシを使って取るやり方が有って、実際その方が楽なのですが、ここには無いものですから」

「ふ~ん。そうなんだ」


 何やら最初とテンションが明らかに違う。俺、何かやらかした?


「ねぇ、ヒロト」


 突然名前を呼ばれて驚く。


「な、何でしょうか?」

「そのかたっ苦しい喋り方止めてくれない? すごく疲れるのよね。お父様がいる前では良いけど、私だけの前では禁止ね」

「え? し、しかし、お姫様に対してタメ口というのも……」

「そうですよ姫様! こんな得体のしれない人物に軽々しい口の利き方をさせるべきではありません!」

「リア、それにヒロト。それを決めるのは私よ。私が良いって言ったら良いの。今度そんな口の利き方したら、どうなるか分かるわよね?」

 いや、俺には分からない。けど

「わ、分かりました」

 そう言わざるを得ない。

「ん? 聞こえなかった。もう一度」

 その顔は険しい。

「――分かった」

「はい、オッケー。それと、私の事はセラって呼ぶ事」


 また、明るい雰囲気に戻った。笑顔がまぶしい。

リアはまだ納得していないのか、渋い表情をしている。俺はそんなリアに少し同情した。

いつも、このお姫様に振り回されているんだろうなぁと。


 そして、再び作業を再開する。

ひれ側はそのままだとやりにくいので、腹側から持ち上げ引いてく。

表側を引き終えたら、今度は腹側だ。

「あら、そっち側もやるのね?」

「そうで……そうなんだ。パッとみは分からないけど、腹側にもウロコがあるからね」

 同じ要領でウロコをすき引きしていく。

両面とも引き終えたら、エラのあたりに包丁を入れ、内臓を傷付けないように頭を落とす。

内臓を取り除いた後は、腹の中に血ワタが有るので、良く水洗いをする。

歯ブラシなんかがあると骨の所のワタを落としやすいが、今は諦める。

 そして水気を拭いて、5枚おろしにする下処理はここで完了だ。


「ねぇねぇ、次はどうするの?」

「次は、これを5枚に切り分けるんだ」

「5枚に!? どうやって?」

「まぁ、見てなって」


 まずは真ん中――背中側と腹側の境目――の背骨に沿って切れ目を入れる。血抜きの時に尾の付け根に縦に切れ目を入れているので、そこまで切る。

 次は背びれに沿って包丁を頭側から尻尾側に向けて入れていく。これはそこまで深く入れなくて大丈夫だ。

 平目の向きを変え、先ほど入れた真ん中の切れ込みから、中骨の上を刃先で撫でる様、少しずつ切り開いていく。

なるべく骨に身が残らないようにだ。やはりこの場合出刃包丁の方がやりやすい。

身をしっかりめくり上げながら、ゆっくり慎重に切り進める。

無事綺麗に表身の上部分をおろすことができた。後は同じ手順で表身の下部分、裏身の上下を捌く。


「よし、出来た。ほら、これで身が4枚と中骨1枚で5枚になったでしょ?」

「すごいすごい! こんなの初めて見たわ」

「んで、もう一つポイントがあって、この身からエンガワと呼ばれる部分を切り取るんだ」

「エンガワ?」

「そう、コリコリした歯ごたえで脂がのってて美味しい部分なんだ」

「何それ! 食べたい!」

「まぁ、ちょっと待ってなって」


 5枚におろした内、身の部分を1つだけまずは切り分けていくことにする。

身とエンガワの間には見分けがつく線があるので、そこの部分に包丁の刃先を使って引くようにして切り取る。

身とエンガワを無事分けることが出来たら、皮を引く。刺身で食べのには皮は不要だからだ。


 やり方は、尾の付け根側の身と皮の間に包丁の先を入れた後、皮をしっかり押さえながら、包丁を寝かせた状態で引いていく。

ここで包丁を立ててしまうと、皮が途中で切れてしまったりする。もはやほぼ水平した状態でやるのがポイントだ。


 身の部分を終えたら、エンガワの皮を引く。皮を引く場合は柳葉包丁の方がやりやすいのだが、何とか綺麗に皮を取る事が出来た。

 そして、食べやすいように身とエンガワを切り身にする。


「うん。出来たぞ」

 俺がそう言うと、驚いた様な声で

「えっ? これで完成なのか? 何か味付けとかしないのか?」

 というリアの言葉が聞こえた。

「ああ、後は盛り付けて刺身はこれで完成だ。食べるときに山葵とか醤油を付けるけどね」

「ワサビ? ショウユ?」

 リアの頭に特大のはてなが浮かんでいるように見えた。

「とにかく、早く食べましょう。リア、お皿を持ってきて頂戴」

「はっ、はい!」

 セラのその言葉にリアが慌てたように食器棚からお皿を取り出して来た。真っ白いシンプルな丸皿だ。

「ああ、ありがとう」

 俺はそれを受け取りながらお礼を言う。本当なら、刺身皿に大根のつま等と一緒に盛り付けたい所だが贅沢は言っていられない。

「別に、貴様のために持ってきたのではない。セリオラ様の命にしたがったまでだ」

「それでも、だよ」

「ふ、ふん!」

 俺がそう言うと、不貞腐れたように顔をそむけてしまった。これは、典型的なパターンか?

でも、デレる日は来るのだろうか。等と考えながら刺身を盛り付けた。

「さぁ、早く食べましょう!」

 そう言ってセラは盛り付け終えた皿を持ち上げると、ルンルン気分で厨房を出て行った。鼻歌交じりで。

3話を読んで下さり有難うございます。

やはり、魚を捌くのには出刃と柳刃が有ったほうが断然良いです。はじめは慣れが必要ですが、骨を断ち切る場合出刃が有るのと無いのとでは全然違います。

感想やレビュー等を頂けると嬉しいです。

では、また次話でお会いしましょう。

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