五
公平にスマホのルーレットアプリを使った結果、鬼はなっちゃんに決定した。とりあえずかおりじゃなくてよかった。さっきも思ったけど、かおりなら絶対見つけた時に怖がらせてくるから。なっちゃんもやりかねないけど、この子の場合はちょっと抜けているので、かくれんぼに集中した結果脅かし忘れる可能性が大。
私達は安全確保のためのルール確認をすると、なっちゃんの「じゃあ、スタート!」という掛け声で散り散りになった。
「亜美、頑張ってね」
「心細い……」
励ましてくれたさきを見送り、私は一人になった。限られた空間でのかくれんぼだから、複数で行動すると見つかりやすくなってしまうからだ。
今回のかくれんぼは、安全のため行動範囲に制限が設けられた。
まず、隠れられるのは一階のみ。さらに先程昇降口からみんなで歩いてきた廊下と、それに面する教室やトイレ等の部屋に限定する。
また、どこかの部屋に入ったら、その部屋の扉を閉めてはいけない。これは閉じ込められるのを防ぐためだけど、隠れている場所がバレてしまうので関係のない扉を開けるのは有りにした。後は、通り道の床が朽ちている場合はその先には進まないこと。
これらのルールを守ろうとすると、中々隠れられる場所は限られる。かおりとかはそれでも新たな場所を開拓するだろうけど、私は無理。だから私はスタートから一番近い教室に入って、乱雑に置かれた机の影に身を隠した。隠れる気あるのかって怒られそうだけど、いいんだよ。むしろ早く見つかりたい、だって一人は怖いし。
「そろそろかな」
私はそっとスマホの時計を確認した。鬼が待つのは五分。子供の頃に比べたら少し長い気もするけれど、安全を確認しながら隠れなければならないということでこの時間が設定された。
「もーういーいかーい?」
なっちゃんの変に抑揚のついた声が響き渡る。私はメッセージアプリを開いて、五人のグループチャットに「もういいよ」と書き込んだ。するとぽぽぽんと他の三人からも「もういいよ」というメッセージが来る。これも今回の特別ルールで、すぐに見つけてしまったらつまらないからと、このやりとりはアプリでやることになっているのだ。
私はスマホの画面を身体に付けると、ふうと息を潜めた。割れた窓からはほんの少しだけ外の音が聞こえてきて、ここが全くの異界ではないと安心できる。けれど一方で屋内のなっちゃんの足音にはドキドキさせられて、私は早く見つけて欲しい反面、やはりかくれんぼには負けたくないと思っていることに気が付いた。
ギシ、ギシ、と廊下をなっちゃんが歩く音がする。あと少し歩いたらこの教室の入り口だろうか。こんな近い場所に隠れるはずはないと思うのか、私だったら怖くて遠くに行けないと思うのか。どっちもなっちゃんなら有り得そうで、彼女の足音に聞き耳を立てる。
「もういいかい?」
不意にすぐ後ろから聞こえてきた声に、私の心臓がどきりと跳ねた。咄嗟に「もういいよ」と答えようとして、今回は声に出さないルールだったと思い出す。というか、かくれんぼって何回も聞いていいんだっけ? なっちゃんとは小学校が違うから、私の知るルールと違うのだろうか。もしかしたら相手を引っ掛けようとしているのかもしれない。
私は唇をきゅっと結び、物音を立てないよう動きを止める。なっちゃんが近くにいても、私を見つけられなければ私の勝ちだ。
ギシ、ギシ、という足音はだんだんと近付いてきて、それにつられて私の鼓動も速くなる。なっちゃんが机の裏を覗き込んだら終わりだ、もうごまかしようがない。
「亜美、見ーっけ!」
視界の端で何か動いたと思ったと同時に、なっちゃんの明るい声が頭上から響く。見上げればにこにこ笑ったなっちゃんが机越しに私を覗き込んでいて、私は「あちゃー」と言いながら机の影から這い出した。
「これ隠れる気あった?」
「ありましたー」
「だったら反射気にしなよ」
そう言ってなっちゃんが示した先は、汚れの目立つ割れた窓ガラス。に、映る私達の姿。
立ち上がってなっちゃんと同じ目線になると、私が隠れていたところは丸見え。さっき何か動いた気がしたのは、ガラスに映ったなっちゃんだったのだろう。昼間だからとあまり反射のことを意識していなかった私は、自分のミスに気付いて再び「あちゃー」と声を漏らした。
「で、亜美どうする? スタート位置で待つ?」
「え、嫌だ」
「じゃあ一緒に行こうか。あ、手繋がないと歩けないんだっけ?」
「歩けるよ!」
少し前の醜態を蒸し返されて、反論した私の声は存外大きく校舎に響き渡った。なっちゃんがにししと意地悪く笑いながら「これでみんなに亜美が見つかったのバレたね」と言うと、私はいたたまれなさに顔を歪める。
「ごめんごめん。早く行こ?」
「……脅かさないでよ?」
「かおりじゃないんだから」
からかわれるものの、一人じゃなくなったことに安心したのは事実だ。早く見つかってしまったのは悔しいけれど、一人で待ち続けるよりずっといい。
静かに近付いた方が味があるというなっちゃんの言葉により、私達は無駄話を控えながら残る三人を探しに行った。
§ § §
「――かおり、見ーっけ」
「嘘だぁ!」
オーバー気味に頭を抱え、かおりが天を仰ぐ。かおりがいたのは女子トイレの個室。汚い上にたびたび怪談の舞台となるそこには確かに誰も隠れたくならないだろうなと思いながら、私は先程見つかったたまと一緒に廊下からトイレを覗いていた。
「かおりってさぁ、よくこんなばっちぃとこに隠れられるよねぇ」
のんびりとした口調でたまが言う。そうだね、君は教室の扉の影っていうなるべく汚くないところに隠れてたから簡単に見つかったんだもんね。
そんなことを思いながらグループチャットに「かおり確保」と投下する。最初に見つかった者として仰せつかった共有係の仕事。しかし指を動かしながらも、たまとの会話は忘れない。
「しかも個室とかおばけ出そうなのに」
「奥から二番目だよ、あそこ。花子さんの個室」
「絶対わざと選んでるよね」
扉を閉めないというルールがあるにしても、よくもまあ曰く付きの場所に隠れられるものだ。
しかしそこを探そうと思ったなっちゃんもなっちゃんだ。彼女は私達の性格をよく読んでいて、たまにしろかおりにしろ、それっぽい場所を見つけたらするするするっと無音で近付いていって、そのまま見つけてしまうのだ。
「かおりのことだから、誰も隠れたがらない場所に隠れると思ったんだ!」
得意げになっちゃんが言えば、かおりがぐぬぬと奥歯を噛みしめる。「Gだって追っ払ったのに」とぼそりと付け足されると、たまが「嫌ぁ!」と言いながら私の影に隠れた。
「大丈夫だよ、もうとっくにどっか行ったから」
「どっかってどこ!? そのへんにいるかもしれないでしょ!?」
「ま、一匹いたら三十――」
「それ以上言わないで!」
珍しく早口で言うたまに、かおりは見つかった悔しさが紛らわされたのか嬉しそうに笑う。
「あとはさきだけ?」
なっちゃんと一緒にトイレから出てきたかおりは、たまと私の顔を見た後、確認するようになっちゃんに問いかけた。
「そうだよ。予想通り手強い相手が残ってしまった……」
なっちゃんはむむ、と眉間に手を当てて、ドラマの探偵のような仕草をする。
「うーん、だめだ。どこに隠れそうか全く思いつかない」
「やっぱり安全そうな――」
「待って、かおり! 鬼は私なんだから、ちゃんと一人で考える!」
かおりを手で制し、なっちゃんは眉間に皺を寄せる。けれど中々思いつかないのか、「一旦手当り次第行くか」と言って、さき探しを始めた。
§ § §
日が傾いてきて、校舎の中はどんどん暗くなっていった。これまでに何度かなっちゃんは物陰を探しに行ったけれど、さきを見つけることはできなかった。「空耳かぁ……」なんて落胆しながら帰ってくることもあったから、本人はかなり本気で探しているようだ。
さきを見つけられない上に、暗くなっていく校舎。私が不安を感じ始めたと同時に、なっちゃんのスマホがピピピと大きな音を鳴らす。時間切れの合図だ。
「結局見つけられなかったかぁ」
がくりと項垂れて、なっちゃんはグループチャットに「降参!」と書き込んだ。続けて私が「勝者、さき!」と書き込む。なっちゃんはじろりと睨んできたけれど、これも君が任命した共有係の仕事だもんね。
「じゃ、昇降口戻ろうか」
なっちゃんの提案に、私達はそうだねと了承を示す。これが最後のルールで、制限時間が来たら昇降口に集合しなければならないのだ。当然さきも知っているルールだが、それでも私達は口々に「さきー!」と呼びながら昇降口へと向かった。
「――あれ? まだいない?」
昇降口に着いても、さきの姿は見当たらなかった。この中の誰よりもルールを守るタイプなのにどういうことだろうとみんなで首を傾げながら待っていると、数分して廊下からさきが姿を現した。
「おっそいよ、さき。どこにいたの?」
かおりがちょっと不満げにさきに尋ねる。けれどさきは「内緒」と笑うだけで、どこに隠れていたのかは言わなかった。
「ずるいんだー! そうやって次もそこに隠れるつもりなんだ!」
かおりが大袈裟に泣き真似をすると、「そりゃそうでしょ」となっちゃんが笑う。いや、次とかないから。当たり前のように次回のかくれんぼへと思いを馳せる二人を見ながら、私達はそれぞれの帰路へと就いた。