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 陽が少しずつ傾いてきた頃。かおりは彼女を囲むようにして座る私達を順々に見やって、「この近くの小学校の話なんだけどね……――」と、話を切り出した。


 § § §


 その小学校は結構昔からあって、当時は隣の土地に新しい校舎を建てたばかりだったの。旧校舎から新校舎への引っ越しも春休みを利用したから特に問題なくて、新年度になると旧校舎はすぐに使われなくなった。

 けどしばらくは、旧校舎を取り壊す予定はなかったみたい。建物は確かにそこそこ古かったけど、倒壊の危険があったわけじゃなくて、近くの住宅地開発で生徒数が一気に増えてきたからとか、そういう理由で建て替えが決まったらしいのね。だから急いで取り壊す必要もないってことで、時期は追々考えましょうってなってたんだって。

 

 それで特に問題が起きないまま一学期が終わって、夏休みになった。この夏休みに、事件が起きたの。

 当時この小学校に通ってた女の子が一人、友達と遊んでいる最中に行方不明になっちゃったんだって。警察や地域の人が必死に探したけど、中々見つからない。一緒に遊んでた友達に聞いてみると、「かくれんぼをしているの」って言うの。

 それを聞いた大人は、女の子がどこか変なところに隠れて、そのまま出られなくなったのかもしれないって考えた。だから子供が隠れそうな場所ってことで、新校舎だけじゃなくて旧校舎も捜索された。だけど、見つからないの。

 結局その子のことは見つけられないまま、夏休みが終わった。捜索も打ち切られたってわけじゃないけど、最初の頃よりかは随分と控えめになったみたい。二学期が始まって一月も経たないうちに、行方不明の子の話はあまりされなくなっていった。


 そんなある日、そろそろ旧校舎の取り壊しについて少しは考えようってことで、学校に依頼された業者の人が二人、建物の調査に来たの。仮にAさんとBさんにしようか。

 二人は女の子がかくれんぼ中に行方不明になったって話を一応知ってはいたから、ちょっと気味悪いなと思いながら旧校舎の扉を開けたのね。警察が女の子の捜索に入って以来人が入ってなかった校舎の中はむわっとしていて、カビの臭いとか、動物が入りこんだような臭いとか、そういうのが混ざった嫌な臭いがしていたらしいの。時期的にまだ暑いし臭いしで、業者の人たちはせめて冬にしてくれればな、とかなんとか話しながら、校舎を奥へと進んでいった。

 校舎の中には使われなくなった古い机や椅子が残っていて、それが警察の捜索のせいか、結構乱雑に置かれていたんだって。二人は柱とかを見なきゃいけないから、それをどかしながら作業してた。

 でもあまりにも雑に置かれてるものだから、暑さと臭いのせいもあってだんだんイライラしてきちゃったのね。そうすると当然、手付きも雑になる。そこにある物はどうせ全部廃棄されるって分かってるのも大きかったんだと思う。自然とがたんがたん大きな音を立てながら作業を進めていったの。その時――。


「かくれんぼしてるの?」


 突然Aさんの背後から、女の子の声がしたんだって。Aさんは驚いて周りの物を巻き込みながらその場に派手に倒れちゃって。転んだまま見上げたら、女の子が不思議そうな顔で彼を見てたの。すぐにAさんは、自分たちが大きな音を立てたせいで近くにいたであろうこの子の興味を引いてしまったんだって気が付いて、「まあ、そんなとこかな」だなんて、ちょっと照れ隠しも込めて冗談めかして言ったんだって。

 一部始終を見てたBさんは呆れながらAさんを引っ張り起こそうと彼に手を伸ばしかけて、近くに古びたお菓子の缶が落ちているのを見つけたの。きっとAさんと一緒に倒れた机の中から出たんだろうって思って、もしそうなら生徒の忘れ物かもしれないって考えながらその缶を拾ったのね。そうしたら女の子が、「あーあ」って言うの。Bさんは女の子がこの缶の持ち主を知っているのかと思って、「お友達?」って聞いてみた。


「うん、かくれんぼしてたの」


 それを聞いたBさんは、もしやこれは行方不明になった女の子のものなんじゃないかと思った。その子がかくれんぼ中に消えてしまったっていうのは、ニュースにはならなかったけど噂話で知ってたからね。

 だからもしその子の物だとしたら、これは持って帰って親御さんに届けてあげないと――そうこう考えるBさんの一方で、女の子はAさんに向かって話しかけていた。


「わたしもかくれんぼ入れて?」

「えっ」


 困ったぞ、ってAさんは思った。だって彼らは仕事中だから、女の子のかくれんぼには付き合えないじゃない。かくれんぼするふりをして作業を進めようと思っても、使われていない旧校舎で子供から目を離すのは危険だろうし。

 自分のくだらない冗談のせいで女の子に勘違いさせてしまったと申し訳なく思いながら、Aさんは「今はちょっとむずかしいかな。ごめんね」って起き上がりながら謝ったの。でも女の子はお構いなしに、「わたしが鬼やるからいいよ」って。

 いまいち噛み合わない会話にAさんは困ったけど、ちょっとだけ付き合ってあげれば穏便に済むのかなって思ったみたい。


「じゃあ、ちょっとだけね」


 だからAさんはそう言って、近くに隠れる場所はないかきょろきょろ見渡した。すると女の子が突然、「もういいかい?」ってAさんの方を見ながら聞いてきたの。Aさんは戸惑いながら、もしかして事情を悟って遊んだふりをしてくれるのかもなんて思って、「もういいよ」って答えてみた。

 その瞬間――。


「うわあああああ!」


 Bさんの悲鳴が響いたの。Aさんが驚いてBさんの方を見ると、Bさんはさっきまで持っていた缶を床に放り投げていて、転げるように来た道を凄い勢いで戻っていくところだった。


「おい!」


 Aさんは慌ててBさんを追いかけようとしたけど、女の子を置いていくわけにはいかないと思ってそこにとどまった。そして女の子の方に振り返ろうとした時、ぐに、って何か踏んじゃったの。

 なんだろう――覚えのない感覚にAさんが床に視線を落とすと、Bさんが放り投げていった缶が目に入った。蓋が空いていたから、ああ、これの中身か――そう思って足を上げたら、なんだか黒いものがあったんだって。


「なんだこれ……?」


 思わず口に出しながらよく見てみると、その黒いものからは何本か枝のようなものが生えてるのが分かる。そしてAさんはすぐにそれが何か閃いた。


 手だったの。子供の。


 それの正体が分かると同時にAさんは混乱したんだけど、それでも子供にこんなもの見せちゃいけないだろうって思ったみたいなのね。だから咄嗟に女の子の方を見たんだけど、その子、にっこり笑って言ったの――。


「見つかっちゃった」


 § § §


「――結局、Aさんもそのまま行方不明。Bさんもおかしくなっちゃったんだって」


 そこまで言うと、かおりは「おしまい」と満足そうに微笑んだ。私はその声でやっと緊張が解けたけれど、ぞわぞわとしたものが残って顔がひきつる。


「いやぁ、かおりの話し方は本当雰囲気あるねぇ」


 感心したようになっちゃんが言う。


「台詞も迫真の演技って感じだしねぇ」


 たまの言う通り、かおりは話の中で出てくる台詞にはすごく感情を込める。さっきのBさんの叫び声だって、びっくりしすぎて逆に悲鳴が出なかったくらいだ。


「臨場感なんていらないんだよう……。なんかかくれんぼも怖く思えてきた……」

「でも作り話でしょ? 行方不明になった子と一緒に遊んでた女の子、かくれんぼしてたならどこでしてたのかはっきり言うはずじゃない? 本人が言わなくても大人が絶対聞き出すだろうし」

「それはそうだけどさぁ……」


 なっちゃんの解説に納得はできたけれど、だからといって恐怖は拭えない。私がもぞもぞしていると、「ま、怖がってくれて何よりだよ」とかおりが口を開いた。


「亜美だけじゃなくてみんないい反応してくれたし、わざわざ残ってもらった身としてはとても満足です」

「今回のお話も大変よろしゅうございました」


 恭しく言ったかおりに、たまが合わせるようにして丁寧にお辞儀をする。かおりはともかく、どうしてたままであんな怖い話を聞いた後すぐにふざけられるんだ。なっちゃんも「美味でございましたぁ」だなんてよく分からない合いの手を入れていて、私はここにまともな人はいないのかとさきに視線を移した。そういえばずっと黙っているけれど、そんなに怖かったのだろうか。

 横目で見たさきはどこか顔色が悪くて、「さき……?」と私が思わず声をかけると、はっとしたように顔を上げた。


「――私、この話知ってるかも」


 小さくさきが呟く。


「げ、マジで?」


 反応したのはかおりだ。やってしまったと言いたげな表情をしながら、窺うようにしてさきを見ていた。


「女の子が行方不明になった話。地元じゃ有名だよ」

「え?」


 私が聞き返せば、さきは考えるようにしながら話しだした。


「その小学校、この近くにあるんだよ。みんな中学違うから知らないだろうけど、私が通ってた二中はその小学校から上がってくる人がいるんだ。それでその学校、昔夏休み中に女の子が行方不明になったことがあるの」

「えぇ! 本当に実話だったの、かおり!?」


 好奇心に満ちた顔でなっちゃんがかおりに詰め寄る。当のかおりも驚いたような表情をしていたけれど、そこには明らかに喜びが含まれていた。


「私も初耳……! 昔の習い事の先輩に教えてもらったんだけど、『この近くの小学校』だなんてよくある導入だと思ってた……」

「その人がこの辺の人なのかなぁ?」

「どうだっけ……あんまり住んでるところ気にしたことないから分からないや」


 かおりとたまのやりとりを聞きながら、私の背には再び寒気が襲っていた。完全な作り話と思っていた時から怖かったのに、それが実話で、しかも身近な話だとわかってしまったのだから余計に怖さを感じる。

 私は咄嗟に両腕を抱いて、怖さを紛らわそうとした。すると同じタイミングで、「ただ、ちょっと違うんだよね――」とさきが言葉を続ける。


「――行方不明になった女の子は、遺体で見つかってるの」

「え……?」


 興奮に湧いていた空気が、しんと静まり返る。


「もしかして、さっきの旧校舎で見つかった腕……?」

「待ってよ、もしそうなら旧校舎にいた女の子が友達を殺したってこと?」


 かおり達が口々に質問を並び立てる。


「うん、旧校舎でばらばら死体が見つかってる」

「じゃ、じゃあ女の子は捕まったの? 業者の人は?」


 私が問いかけると、さきは言いづらそうに口を開いた。


「見つかった死体は、四人分だって」

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