一
「もういいよーう……」
力なく訴えながら、私は机へと沈んでいった。両手で耳を塞いでいるせいで、自分の肘が机と擦れて、ぐっ、ぐっ、と音を立てる。それがなんとなく心臓の音のように聞こえて、元々速かった鼓動がさらに速度を増すのを感じた。
「ごめんごめん、本当に亜美は怖がりなんだから」
謝るかおりの声はくぐもって聞こえたけれど、茶化すような色を含んでいるのは容易に分かる。そのせいでまだ耳から手を外す気になれず、私は「いつもやめてって言ってるのにぃ」と非難がましく声を上げた。
「大丈夫だよ、どうせ作り話なんだから」
微かに聞こえた優しい声。それと同じタイミングで私の肩に置かれた手が、その声の主を示す。
「うう、さきぃ……!」
「はいはい、怖かったね」
いい子いい子と私の頭を撫でながら、さきはかおりを軽く諌める。無事味方ができたので、私は両手を耳からさきの身体に回し、「そうだそうだ!」とかおりを睨みつけた。
「えー、だって亜美ってば凄く良いリアクションしてくれるんだもん」
「怖いからだよ!」
悪びれずに笑うかおりに、私の語気も自然と強まる。
「でも亜美が怖がるから、普通に聞いてるよりもっと怖く感じるよ?」
のんびりとした口調で言ったのは、たまだ。玉城だからたま、単純。
「話してる方も楽しいしねぇ」
けらけらと笑ってなっちゃんが言う。さき以外に味方がいないのはいつものこと、それでも私はむむっと眉根を寄せて、「人を怖がらせるのがそんなに楽しいか!」と泣くふりをした。
すると予想はしていたものの、みんな口々に「楽しい」と返してきて、私は最後の望みとばかりにさきに縋り付く。
「まあ、見てて楽しいよね」
「裏切り者ぉ!」
私が叫ぶと、みんなが笑う。これでこの流れはおしまい。
怪談にハマっているというかおりと、釣られてハマり始めているたまとなっちゃん。怖がり要員の私に、冷静なさきを入れた五人。この五人で怪談話をするのが最近の放課後の日課だ。
場所は教室のことが多いけれど、階段の踊り場や体育館裏のこともある。必要なのは雰囲気のある静かな場所、どこを使うかはその日の部活やらなんやらの使用状況と要相談だ。
「――さて、そろそろ帰ろうか」
いつものようにさきが言うと、各々が軽く返事をしながら帰り支度を始めた。
さっきまでの流れが終われば帰る――いつからか出来上がっていたルーティーンに身を任せ、近くの席から持ってきていた椅子を戻した私は、ううんと伸びをして縮こまっていた背中を伸ばした。
「待って! もう一個だけ!」
しかし帰ろうとしていた私達の動きを、かおり慌てたような声が遮る。
「とっておきがあるの!」
鼻息荒く言う彼女を見て私は嫌な予感しかしなかったが、周りの三人は少しだけ興味深そう。特になっちゃんはかおりの言うとっておきという言葉が気になったようで、肩にかけていた荷物を既に机に置いていた。
「そんなに面白いの?」
「うん、これはやばい」
なっちゃんの問いかけにかおりは嬉々として大きく頷く。
「じゃあ聞いてこうっかなー」
「私は帰る!」
「駄目だよ、亜美。亜美がいなきゃ盛り上がらない!」
そそくさと帰ろうとする私をかおりが引き止める。と、同時にかおりの位置とは逆の方から軽く腕を引っ張られた気がして見てみれば、椅子に座ったたまがにっこりと笑っていた。いや、まだ君残るって言ってなかったじゃない!
私の表情から言いたいことを察したのか、たまは「だって面白そうだし」と小首を傾げた。あら可愛い。だなんて思っている間になっちゃんが椅子を再び移動する。
「はい、亜美の席できたよ」
「いや私は――」
「いいじゃんいいじゃん。まだ六時前だし、いつもより早いくらいだよ」
たまの援護射撃にうぅとなりつつ、私は縋るようにさきに目をやった。
「……まあ、一個くらいいいんじゃない?」
「さきぃ……」
唯一の頼みが助けてくれないとわかり、私はもう用意された椅子に座るしかなかった。