【回想】勇者ユータと冒険者仲間たち
――――駅のホームから身を投げた俺が次に目覚めた時、俺は大勢の人に囲まれていた。
「おぉ! 勇者様がお目覚めになられたぞ」
「勇者様! 我々をお救いください!」
予想だにしない光景に困惑する俺を人々は褒め称えた。
人々は俺のことを異世界から召喚された勇者だと呼び、この世界の名前をヴァイスバーチュだと教えた。
ヴァイスバーチュは悪い魔王に支配されており、魔王を倒すべく異世界から勇者となる者を召喚する必要があり、それが俺だというのだ。
勇者? 魔王? まるで学生時代に読んだラノベのようだ。
社会人生活が辛くて自殺した俺は、自分が社会人でなくなったことに対する安堵と、生き長らえてしまったことに対する後ろめたさを感じた。
「勇者だなんて……そんな大それたものじゃないですよ俺は」
葛藤しながら曖昧に返す俺に、魔法使いと思しき老人が「勇者として召喚される者はすべからく強力な魔力を秘めいている」のだと説明した。
後でわかったことだがその言葉は事実であり、少し魔法について習っただけで俺はメキメキと頭角を表した。
召喚勇者は魔力量が桁違いであり、魔力量の高さはこの世界において純粋な強さだった。
文化水準が地球でいう中世ヨーロッパに近く、火薬も化石燃料も普及していないこの世界において魔法は重要な生活インフラを担うだけでなく、国家間の軍事力においても最重要なのだ。
相手を殺傷する爆炎や氷結の魔法には基本的に魔法抵抗でのみ対抗できる。
相手より自分の魔力が高ければ相手の魔法攻撃を魔法抵抗して無効化できるし、逆に自分の魔力が相手より上であれば魔法抵抗を貫通できる。
つまり魔力の高い召喚勇者は魔法攻撃を無効化しつつ、自分は相手に抵抗不可能な魔法攻撃を仕掛ける。
そういった類のチート能力者なのだ。
勇者は魔力の高さを生かして戦士職でも魔法職でもやっていける。
ただしあくまで人間なので、鍛錬と経験を積まなければ冒険者としてこの世界で生き抜くのは難しい。
毒や病気、ダンジョンのトラップ、怪我や暗殺によって死ぬことは十分にある。
だから勇者は魔王を倒すために冒険者とパーティを組んで冒険することとなる。
日本では決して見つからず、決して評価されない魔力という自分の秘めた才能に、俺は酔った。
おだてられるままに俺は勇者ユータとなり、仲間たちと魔王討伐の旅に出た。
仲間たちとの魔王を討伐する為の旅は楽しかった。
ドワーフの戦士は頑固な奴だったが、いつだって俺たちを守ってくれた。
エルフの弓使いは気の強い美人で、ちょっかいを出すと容赦なくビンタが飛んできた。
ハーフリングの盗賊はスケベですぐ悪巧みをする奴で、いつも俺と一緒に女性メンバーに説教された。
人間の神官は清楚な少女で、仲間が傷付くとあわててすぐに回復魔法を掛けてくれた。
竜神の格闘家は血の気が盛んで、すぐ勝負を挑んでくるのが面倒だったが嫌いじゃなかった。
ドラゴンだろうがゴーストだろうが、俺達に敵う奴はいなかったし、誰もが俺と仲間達を尊敬した。
ヴァイスバーチュは日本で読んだファンタジー小説のような世界であり、俺は全てのものが新しく新鮮に映った。
危険なダンジョンを踏破した時は仲間と喜びを分かち合ったし、何か失敗をした時は皆で慰めあった。
日本で社会人として働いていた頃とは比べ物にならないくらいに満ち足りた冒険の旅は何年も続き。
俺が魔法だけでなく剣技でも最強を名乗れるくらいに成長した時、俺たちはついに魔王の城に辿り着いた。
そして、その日が――。
俺がヴァイスバーチュで過ごした幸福な日々の最後だった。