嘘の代償、少女の涙
予想外の出費に落胆する俺と同じく、アジトに帰ってからフェウーの様子が少し変だった。
そわそわしてこちらの様子をチラチラ見ているようだ。
自分のために高い金を払って落ち込んでいる俺を気遣ってくれているのだとしたら、それはそれで嬉しいのだが。
「さっきから随分元気がないようだけれど?」
「……そりゃ元気もなくなるだろ」
俺は薄くなった自分の財布をテーブルに放り投げて着替えもせずソファーに寝転がった。
こんな時は不貞寝に限る。
「お風呂を借りてもいいかしら……?」
「あん? そりゃ、いいぜ」
俺は億劫になって適当に返事をした。というか風呂くらい勝手に使っても文句は言わないのだが。
風呂に向かうフェウーの背中を見送り、俺は独り言ちた。
「大人しくしてりゃあ、可愛いところもあるもんだ。このまま奴隷じゃなくて普通の同居人としてあいつと暮らしていくのも悪くねぇかもしれんな。売り飛ばすかどうかは……ま、今はこのままでいいだろ」
俺は自分が犯した過ちのことなどすっかり棚に上げ――――のんびり今日の出来事を思い返していたらいつの間にかぐうぐう眠ってしまった。
その夜――――。
氷星の凍えるような青い光が窓から差し込むなか、俺は夢を見た。
フェウーと俺は奴隷と主人ではなく、俺は現役の勇者でありフェウーとは同じパーティの仲間だった。
俺たちは互いに信頼し合い、時に笑い時に涙する……そんな夢のような日常を。
だが、ある日俺とフェウーは些細な理由で言い争いとなった。
激情した俺はフェウーを乱暴に押し倒し、首を絞めた。
大事な仲間である彼女を、大切にしたかった彼女を。
俺は自らの手で裏切った。
俺はそんな夢の中の自分がしている行為と、泣きそうな顔のフェウーのことを、をどこか他人事のように見ていた――。
悪夢にうなされて現実に目覚めつつある俺は違和感を覚えた。
誰かが近くにいるような感覚と、ほのかな快感――――。
「フェウー!?」
ソファーで目を覚ました俺が一番最初に目にした光景は、俺にまたがるフェウーの姿だった。
わずかに湿り気を帯びた色素の薄いブロンドの髪が 氷星の光を浴びて氷のように輝いている。
確実に風呂上がりだろうにフェウーは昼間に購入したドレスを身に纏っていた。
ただし、肌に触れる感触が、彼女がドレスの下に下着は着ていないことを教えた。
誰が見たってこれはフェウーが俺に夜這いをかけている状況だ。
「起きたの」
「起きたの、じゃない。一体どういうつもりだこれは?」
見れば、俺はいつの間にか服をはだけさせられていた。
「どうって、あなたの情婦として夜伽は当然の役目でしょう?」
情婦だと? 馬鹿な。
見れば俺が寝落ちしてからそう時間は経っていない。つまりまだ日付は跨いでいない。
「私はね、嘘がわかるのよ。今朝からあなたが私に何か隠し事をしているのはわかっていたわ」
「何……?」
「それでリーゼさんにそれとなく教えてもらったら、私とあなたがそういう関係だってわかったのよ」
元盗賊団の頭領であるリーゼが顧客の俺に不利なことをわざわざフェウーに漏らすことはありえない。
フェウーがそんなリーゼにカマをかけて聞き出したとするのならたいしたものだ。
「だからこれが……私の仕事なんでしょう。ねぇ。昨日までの私はあなたにどんな風に奉仕していたのかしら? あなたはどうされたら嬉しいのかしら?」
「お前、なんで。そんな」
俺にはフェウーを突き飛ばすのも、力ずくで引き剥がすことも簡単だ。
だがフェウーの鬼気迫るさまに俺は気圧されていた。
「私を売り飛ばすつもりなんでしょう? あんなに高いドレスを買って」
「違う! 俺は――」
「何が違うっていうの! 嘘をついていたのは本当でしょう?」
俺の胸に両手を突きながらフェウーは叫んだ。
「どうせ夜には記憶を失う女だからって、適当な嘘をついて騙していたのよ! 売り飛ばすまで私が逃げ出さないように。都合の良いことを言って心のなかで私のことを嗤っていたんだわ!」
「それ、は」
果たして俺はフェウーの断罪の言葉を誤解だと否定できるだろうか。
過去の自分がしたことを棚に上げて、記憶の無いフェウーと自分にとって都合の良い関係を築こうなんて、それはとてつもない傲慢な行いではなかったのか。
不実で、卑怯で、最低の行いだ。
「私はもう――、この世界でたった1人のダークエルフなのよ! もう……ママもこの世にはいないの。だからここを逃げ出しても……私には居場所がないの」
心臓に感じるフェウーの重さは、儚いほど軽かった。
「だから……! 私は今ここであなたに媚を売ってでも生き延びないといけないのよ!」
「フェウー……」
「私、頑張るから。どこにも売り飛ばさないで。お願い…………」
ほとんど命乞いのように懇願する少女の瞳は――――悲しみに潤んでいた。
あの後、俺はフェウーを宥めてそのままベッドで眠らせた。
疲れて眠ってしまった彼女は年相応の少女のようだった。
「すまない……かえってお前を、傷付けた」
奴隷であることを隠していた理由を言うこともできた。
昨夜のフェウーの願いだったのだと。
だがしかし、その理由ははたして誰の為の理由だろうか?
自分が奴隷とわかって悲しみ、「優しくしないで」とまで言ったフェウー。
俺はフェウーを悲しませない為に奴隷であるということを隠していたと自分に言い訳していた。
しかしその実、俺は俺の都合のことしか考えていなかった。
自分のしでかした罪の意識から逃げていた。罪と向き合うことを恐れた。
悲しませない為なんていうのは、自分を弁護するための理由でしかない。
フェウーの言うとおり、奴隷として扱い、優しくしないことこそが彼女にとって最善だったのではないか。
いや違う。俺はそんなことを望んではいない。
そのやり方ではフェウーの笑顔は見られない。
では、どうするべきか?
俺は明日のフェウーとどう接するべきか考えながら、ソファーで横になった。
もし宜しければ感想やレビュー、ブックマーク追加をお願いします!
↓にあります☆☆☆☆☆評価欄を、★★★★★にして応援して頂けると励みになります!