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馴染みの店でドレスを買ってもらうお姫様

 

「何ここ!? すごいわね!」


 その店に入るなりフェウーは大興奮だった。


 俺がフェウーの服を買うために入った店は女性向けの服屋、どころか服屋ですらなく……そこは俺の行きつけの冒険者の店だった。


 冒険者の店とはその名が示すとおり遺跡を探索して得た財宝を売り、魔物退治などの依頼を受けて生計を立てる冒険者達が訪れる店だ。

 規模の大小はあれど、どの店も糧食や装備の購入ができ、場合によってはこの店のように店内で食事できる食堂に加えて宿泊施設まで揃っている店もある。


 特に冒険者の店にとって大事な役割は彼らが持ち込んだ財宝を買い取ることと、彼らに様々な仕事を斡旋することだ。

 各地に点在する冒険者の店は彼らにとってなくてはならない存在で、俺も現役勇者だった頃は仲間達とともに何かと世話になった。


「あっ、見て! エルフがいるわよ! 本物だわ!」


 フェウーは店内にいる様々な種族を見て喜んでいる。

 自分がエルフより遥かに珍しいダークエルフであるという自覚がないようだ。

 店内には人間だけでなく、エルフ、ドワーフ、竜人、ホビットなど様々な種族で溢れていた。

 それぞれが武器・防具・魔法具などで身を包んでいるのだから、改めて見ると壮観である。


 俺とてこの世界に来たばかりの頃はまるでファンタジーの世界に迷い込んだようだと随分とはしゃいだものだ。


「あまりジロジロ見るんじゃないぞ」


 しかし……冒険者という職業が、定職に就けないアウトローのような存在であると知ってからは、はしゃがなくなった。


 学のあるものは収入の安定した定職に就く。

 同じ肉体労働でもコネのある者は冒険者よりはるかに儲かる騎士団に入る。


 物好きで冒険者に身を落とす一部の例外を除き、多くの冒険者は生きるためにやむを得ず収入が不安定で命の危険を伴うこの稼業をしている。

 彼ら喰いっぱぐれ者達は常に死の恐怖と盗人に身をやつす不安の中で生きている。


 普通の職業より多種族が多いというのも、生まれの違いや種族差別が必ず関わっている。


「冒険者の店って初めて見たわ! 本当に母様から聞いた物語の中の世界みたいなのね」


「ん……まぁ、そうだな」


 俺はフェウーの夢を壊さないために曖昧な返事をした。


 さて、そんな彼らが訪れる冒険者の店というのはその客層に相応しく質実共に無骨そのものであり、華美な装飾を排除した実用性一辺倒のものばかりだ。


 恐らく高貴な生まれであり、こういった世界とは無縁だったであろうフェウーは大興奮で店の中に走っていった。

 場違いな子どもの闖入に荒くれ者たちは迷惑そうに顔をしかめていた。


 フェウーが楽しそうで何よりだが、……果たして俺はこんな店で少女に何を買ってやるつもりなのだろう?

 いくら少女ものを扱っている店に心当たりがないとはいえ、こんな店を選ぶあたり、所詮俺も彼らと同じ粗忽者の誹りを免れそうにない。


 そうこうしていると、仕事を部下に丸投げして暇そうにしている店主に見つかった。


 馴染みの顔を見つけた店主はニヤニヤと笑みを浮かべながら長くウェーブのかかった栗色の髪をなびかせて近寄ってきた。


「今度の仲間は随分と幼いんだな、えぇ? 勇者サマ?」


「……ふん。久し振りに顔出したってぇのに随分な物言いだな、リーゼ」


 第一声から皮肉を投げかけるアバズレに渋面で応える。


「はっ。アンタこそ懐かしい顔に会い来たってガラじゃないだろう」


「そうとも限らんぜ? 寂しい野郎の一人暮らし。昔の女の肌が恋しくなって訪ねてきたかもしれんぞ」


「おやおや情熱的なお誘いだこと。引退した勇者の肩書きと違ってその粗末なイチモツはまだ現役なのかい」


「お前も盗賊の頭は引退してもその口の悪さはまだ現役みてぇだな」


 俺と店主は嫌味を言い合いながら、久闊を叙して口の端に笑みを浮かべた。


 この冒険者の店の店主――リーゼとは勇者時代からの腐れ縁だ。


 リーゼとは仲間というわけでなく、敵というわけでなく。

 駆け出し勇者だった頃の俺と仲間達の前にいつもウロチョロと付き纏う、同じく駆け出しの盗賊だった。

 俺が一人前の勇者として人から信頼されるようになった頃、リーゼもいつのまにか盗賊ギルドの頭領にまで成り上がっていた。


 俺が勇者を引退したと同じくして、冷血な女盗賊として名を馳せたリーゼは盗賊を引退し、こうして冒険者の店で店長の席に収まった。

 リーゼとは……色々あったが、今もこうして腐れ縁は続いている。


 ――そういえば、今となっては勇者時代の俺を知る知り合いはこいつだけになってしまったな……。

 俺が不意に憎まれ口を閉ざすと、何かを察したのかリーゼは取り留めのない雑言を止め、本題に入った。


「それでぇ?」


 店主はくいっと親指をフェウーに向けた。

 フェウーは少し離れた場所で壁に掛けられた武器や防具を食い入るように見ていた。

 念のため触ると怪我をするぞと釘を差したほうがいいかもしれない。


「今日の要件はアレかい」


 俺は無言で首肯した。

 こいつならフェウーの服を適当に見繕ってくれるだろう。


「アンタが連れてくるってことは本物のダークエルフなんだろうね。私も実物を拝むのは初めてだよ。どれぐらいの値が付くか検討もつかないね」


「あ? あ、あぁ……」


「ただモノホンのダークエルフなんて高価過ぎてウチの店じゃあ買い取れないから。そうだねぇ……1週間あればアタシの口利きでオークションを紹介できるよ」


「…………」


「当然仲介手数料ははずんでもらうけど、あの伝説のダークエルフの出品となれば世界各地から好事家が…………どうしたんだい?」


 店主は相槌を返さない俺を不審に思って顔を覗き込んできた。

 俺は努めてポーカーフェイスを崩さないようにしたが、果たしてリーゼにどこまで通用するか。


「アンタ、まさかとは思うが――」


 俺はリーゼの発言に被せるように話しだした。


「誤解するな。俺は“ガキ好き”じゃない。今日のところはアイツに着せる適当な服を何着か見繕いに来ただけだ。あいつを売るにせよなんにせよ、まずは服くらい必要だろう? そうか、ここであいつを買い取ってもらえないのは残念だが、そんなに急ぐ話でもない。まぁオークションの話はまた今度正式に頼みに来るぜ」


 俺は何かを誤魔化すように矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「………………あっ、そ」


 店主は俺に疑惑の視線を向けつつもプロ意識から客の事情には深入りせず、俺への追求をやめてフェウーの方へ歩み寄っていった。


「こんにちはお嬢ちゃん。私はこの店の店主でリーゼっていうの。よろしくね」


 リーゼに話しかけられたフェウーははしゃいでいる気持ちを抑えて丁寧に挨拶を返した。


「はじめましてリーゼ。私はフェウーよ」


「フェウーちゃんね。話はあそこに突っ立ている朴念仁から聞いたわ。今日は服を買いに来たのね」


「朴念仁? あぁ、アレのことね」


「そう、アレ。レディーの服を選ぶのにこんな店に連れてくるような男なのよアレは」


「でもこの店はとっても魅力的だわ。まるで物語の世界に迷い込んでしまったようだわ」


「ふふっ、ありがとう。それじゃあ採寸とかあるから、朴念仁は置いておいてあっちに行きましょう」


 店主がちらりとこちらを窺ったので俺は横柄な仕草で「さっさと行け」と伝えた。


 店の奥に入っていく途中、フェウーとリーゼがこちらをチラチラ見ながら小声で話してクスクス笑っていたのが非常に気になった。

 女子というものは本当にいくつになっても……。


 俺は色々と深く考えずに大人しく店内で二人を待った。













「おっ――」


 暫くすると、白く美しいドレスに身を包んだフェウーが現れた。


 最高級の絹を思わせる純白のドレスには金糸で神秘的な刺繍が施されている。

 あえて主張を抑えた銀のサークレットはフェウーの褐色の肌に驚くほど合っている。


 その姿はまさに、ダークエルフのお姫様だ。


 もとよりどこか神秘的な雰囲気のあるフェウーにぴったりのドレス姿に俺は思わず言葉を失った。


「な、何よ。早く感想が欲しいのだけれど?」


「え? あ、あー。うん、いいぞ」


「そ、そう……?」


「決まらないねぇ~、この男は。ゴブリンでももう少し気の利いたことを言うよ!」


 ろくな感想を口に出来なかったが、呆気にとられる俺の様子を見てフェウーはそれなりに満足したようだ。


「ユータ。その、…………ありがとう。このお返しは必ずするわ」


「ん? ……おう」


 不意にフェウーが俯きがちにお礼を言ってきた。


 俺はこの時、自分の記憶にあるフェウーという少女はこんな風にしおらしくお礼を言う性格だっただろうかと違和感を覚えた。

 フェウーはどちらかというと、自分は他人に施されて当然という偉ぶった態度でそっけなく礼を述べるようなまったくもって可愛くない小娘だったと思うのだが。


「何かあったか?」


「別に何も」


 つんとそっぽを向いてしまった。

 その態度を見て俺は、フェウーは「照れているのだ」と自分にとって都合の良い解釈をしてしまった。

 後にして思えば――――俺のその勘違いは、フェウーという少女の聡明さと洞察力を低く見誤った俺の思い上がりだった。


 ここではたと気付いた俺はリーゼを問い詰めた。


「……いや、ちょっと待てよ。このドレスいくらだ?」


 明らかにこの店に似つかわしくない高貴なドレスに俺は嫌な予感を覚えていた。


「元勇者ともあろう男がケツの穴の小さいこと言うんじゃないよ! こいつは古代遺跡で見つかった魔法のドレスさね。ウチの店ですぐ用意できるこの娘に合う服はこれくらいだよ」


「いやだってお前、絶対これ高いだろう? この店でこんな派手なドレスなんざ……」


 そう、この実用性重視の無骨な冒険者の店で扱っている華美な装備品というのは、例外なく特別な効果が付与された品なのだ。

 遺跡などから発掘されるそれら特別な装備品の値段は、当然通常の装備品と比べるべくもなく……。


「だいたいウチで女の子の服を揃えようだなんてどだい無理な話だよ。安心しな、下手な鎧よりも防御力が高いよこのドレスは」


 いったい何を安心すればいいのか。

 リーゼからドレスの値段を聞いた俺は思わず目眩がした。


 俺は他のものにするよう頼んだが、フェウーと店主の息の合ったコンビネーションによる舌戦に敗れ、結局そのまま購入することになった。


 次会った時に覚えていろよあのアバズレめ……。





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