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【3日目】市場で買い食いするお姫様。

 

 …………また頬に何か刺激を感じる。


 つんつんと、指先で誰かにつつかれているような感覚がある。

 俺はそんな可愛らしいことをする相手に心当たりがあった。


「――おはよう、フェウー」


「あら、おはよう」


 フェウーは先日よりも心なしか緊張を解いた様子で挨拶を返した。

 恐らく第一声に名前を呼んだことである程度親しい間柄だと推察したのかもしれない。


「その様子だと私の事情は知っているみたいね。早速だけれどあなたの名前を教えてくれるかしら?」


「ユータだ」


「ユータ、ね。色々と聞きたいことはあるのだけれど。まずは私とあなたが同じベッドで寝ていた理由から説明してもらっていいからしら?」


 フェウーは昨日俺が作った服を着ていた。


「……まぁ、なんだ。ここは俺の家なんだが、ご覧の通りベッドはひとつしかない。それが俺とお前が一緒に寝ていた理由だ」


「単純明快な説明どうもありがとう。それはつまり、私とあなたは男女の関係ではないということでいいのよね?」


「……そうだな。訳あって数日前からお前は俺とここに住んでいる」


「ふぅん?」


 俺は昨日の反省を生かし、フェウーに余計な気遣いをされないよう言葉を選んだ。

 フェウーは自分の顎に左手の人差し指を当てて思案する仕草をしつつ、無言でこちらの話の続きを促した。


「だから俺たちの関係は居候と家主ってところだな。因みに今日は以前約束した通り街に買い出しに行こうと思っている」


「あらそうなの?」


 ……そこまで大きな嘘はついていない。

 

 毎日記憶を失う少女を騙すことに少し心が痛んだが、これくらいの関係性がきっと今の俺とフェウーにはぴったりだろう。


 話の最中――――フェウーは終始顎に人差し指を当てる仕草をしたままだった。













 市場は多くの人で賑わっていた。


 俺のアジトにほど近い街の市場は田舎にしてはそこそこの活気だ。

 そんな人混みの中で俺とフェウーはそれなりに人目を集めたが、大半の人々は自分の商売や生活に夢中で物珍しさ以上の興味を示さなかった。


「あなたに言われるままに街に来たけれど、私って変装とかしなくてよかったのかしら?」


 フェウーは俺の影に隠れるように歩き、俺よりも人目を敏感に感じているようだ。


 ダークエルフという種族が希少価値が高くて狙われる危険があることを自覚しているらしい。


「いや、多分大丈夫だろう」


 俺は人目を全く気にせずフェウーがはぐれないように人混みを先導した。


「正直ダークエルフってのは、もはやおとぎ話の存在だと思われているからな。誰も実在するなんて思っちゃいない」


 俺自身フェウーに出会うまではその実在を信じていなかった。

 それこそ日本で言うところのドラゴンや吸血鬼のような空想上の存在だとばかり思っていた。


 ……まぁ、日本と違ってこのヴァイスバーチュにはドラゴンも吸血鬼も普通に実在するんだが。


「こうしていざ出会ったところでやたら日焼けしたエルフだとか、コスプレだとでも思われるんじゃないか?」


「“こすぷれ”って何?」


「仮装って意味だ。だから変に警戒しないで、堂々としていたほうがいいぞ」


「そんなものかしら?」


 それを聞いたフェウーはやおら立ち止まり、通りに立ち並ぶ露天商の一人に話しかけた。


「これって何かしら?」


「へいまいど! こいつは串に刺した魔猪の肉にパンの粉をまぶしてカラッと揚げたモンだよ。お嬢ちゃん安くしとくよ!」


「ふぅん。じゃあ一つ頂こうかしら」


「まいど!」


 俺が呆気に取られていると振り向いたフェウーが俺に目線で支払いを要求してきた。


「いやまぁ……いいんだけどよ」


 商品を受け取ったフェウーはきょろきょろと周りの人々の所作を見習い、僅かに逡巡した後、歩きながら食べることにしたようだ。


「おいしい! サクサクした衣の中に肉汁が溜まってて、掛かっているドレッシングが良い塩気を出しているわ。熱いから口の中の火傷に注意ね」


「ダークエルフのグルメレポートだな」


 堂々とした態度で歩きながら串カツを頬張るフェウーを見て、おとぎ話の中に出てくるダークエルフと同一視する人物はいないだろう。


「さっきまでの警戒心はどうしたんだよ」


「あら? あなたが堂々としたほうがいいって言ったんじゃない」


 あっけらかんと答える少女からは内に潜む芯の太さを感じさせた。

 一度決断したらためらいがないというのが、フェウーの特徴であるようだ。


「あ! あっちの屋台も何かおいしそうな串を売っているわよ」


「うん? あれはみたらし団子じゃないか?」


「ミタラシダンゴ?」


「さっきの串カツもそうだが、どちらも俺の生まれた国の食べ物だな。穀物の粉を水で溶かして練ったものを蒸して串に刺して……」


 説明の途中、説明よりも実体験を求めているらしいフェウーは上目遣いで言外に要求してきた。


「いやまぁ……いいんだけどよ」


 今度は俺とフェウーの分で2つ買った。


「ん……これは――」


「これもおいしいわね! 濃厚で甘いタレをもちもちとした生地がしっかり受け止めているわ。5つの小さな玉に丸めてあるのも食べやすくていいわ」


「ん。お、おう」


 ず、随分しゃべるな今日のフェウーは。

 毎日リセットはされても性格に差は出ないはずだが。


「食い意地が張っているだけかもしれんな……」


「ねぇ! 今度はあっちに行ってみましょうよ!」


「あ! 急に走るなよおい」


 俺の独り言も聞こえちゃいないようでフェウーは年相応の少女のように駆け出してしまった。


「ようお嬢ちゃん! 肉詰め喰っていかないか? うめぇぞ~!」


「じゃあおひとついただけるかしら。支払いはこっちの殿方がするわ」


「待て、待て。今度はなんだ? フランクフルト? これは日本かドイツかわからんな」


 この世界には勇者として異世界から召喚される人間が多い。

 どうやらほとんどが俺と同じ地球からの召喚者であり、日本以外からも来ているようだ。


 そして召喚勇者は魔王を討伐するだけでなく、こうした料理や文化、技術などをこの世界に残す。

 恐らく俺も使っている魔力で打ち出す銃を作り出したのも異世界人によるものだろう。

 

「案外、この世界も向こう100年くらいで地球と同じ技術水準まで進むかもしれないな」


「ん~~! これもおいしいわね!」


「聞いてないな。まぁいいが……そろそろ目的地に向かってもいいか?」


「あら……そう? 目的地って?」


 フェウーは明らかに落胆した様子だったがこれ以上買い食いされては堪らない。


「もともと今日はお前の服を買いに来たんだ」


「あら。あなたが奢ってくれるのかしら? 嬉しいわね」


「もう既にだいぶ奢ってるけどな……」


「市場って初めて来たのだけれど、楽しいわね! いくらでも遊べそうよ」


 俺のボヤキが聞こえなかったのか、フェウーは喜色満面の笑みを浮かべていた。


「……うん、まぁ。いいんだけどよ」


 市場に来るのが初めてだと言う通り、フェウーはあらゆるものに興味を持った。

 相当な箱入り娘だったのか目に映るもの全てが新鮮そうだった。


「……」


 しかし、本当は市場に来るのは今日が初めてではないのかもしれない。

 フェウーは0時になれば1日の記憶を全て忘れてしまうからだ。


 こうして見て、感じて、知ったことすべてをフェウーは忘却してしまうのだ。

 それをわかっているからこそ、彼女は今日という1日を全力で楽しんでいるのだろう。


 移動中、俺は買い食いではしゃぐフェウーを見ながらそんなことをずっと考えていた。


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