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奴隷の少女は曖昧な態度に傷つく


「んで、次は服か」


 シーツを古代ローマ人のトーガのように纏っている有様のフェウーを見ながら俺は顎に指を当てて考えた。


「流石にそれで出歩くわけにはいかねぇか」


「……そうね」


 食事の時、あれだけはしゃいでいたフェウーは我に返ったのか、まるで何もなかったかのようなすました顔をしている。


「それに、言いにくいのだけれど。ここはどう見ても女性用の服が置いてある家には見えないわね」


 ――言外に、何故このアジトに自分に服が無いのかを尋ねている。

 腹が膨れて人心地ついたところで自分の立場を確認しようとしているのだろう。


「悪かったな、むさ苦しい独り身の男のアジトで」


 俺は面倒くさいので気付かなかった振りをして適当に流した。


「それで、どうしてくれるのかしら? まさかこのままの格好で過ごせなんて言わないでしょうね」


 さも俺が服を用意するのが当然といった態度のフェウー。少女の外見に反して非常に偉そうだ。

 ひょっとしたらこの少女にとってはこの態度がスタンダードで、別に悪気はないのかもしれないとふと思った。


「よせよ、俺に女物の服なんかわかりゃしねぇよ」


「じゃあどうしてくれるのかしら? 言っておくけれど私は裁縫なんてできないわよ」


「お前料理もできねぇって言ってたよな。じゃあ逆に何ができるんだよ」


「……」


 フェウーは優雅な仕草でさらりと滑らかな金の髪を手で梳いた。

 こいつ誤魔化しやがった。


「はぁ……。しかし、そうだな……」


 俺は思い付いてそこいらにほっぽってあった宝箱のひとつを開けた。

 そこには反物(強奪品)がいくつか入っていた。


「あったあった。いつか売り飛ばそうとして忘れてたんだよな」


「なぁにそれ? 私にはただの布切れにしか見えないのだけれど。それじゃあいくら布の質が変わっても今の格好とそう大差ないじゃない」


「んなこたぁわかってる。だからこの布からお前の服を作るんだよ」


「え? 誰が作るの?」


「だから俺がだよ」


「は?」


「針と糸はボタン直す時に使う奴があるな。メジャーは……ないか。仕方ねぇ、直接身体に当てて印付けてから作っていくか」


 俺がフェウーの服を作る算段を立てている間フェウーは呆けっと俺の様子を見ていた。


「? おい、ボサっとしてないでどの布が良いか選べよ」


「……え? そ、そうね。じゃあその白い生地でお願いしま……するわ」


「何急にしおらしくなってやがる。ちょっとそこに真っ直ぐ立て」


 フェウーは俺の指示に大人しく従い、俺は服の寸法を測った。


 服を作る間、フェウーには本でも読んで適当に時間を潰せと言ったのだが、フェウーは俺の作業をじっと見ている。

 始めは興味深そうに俺の手元を見つめていたが、暫くして切り出すように話しかけてきた。


「あなた、裁縫もできるのね」


「まぁ、一人暮らしが長いからな」


「ふぅん。見かけによらず器用なのね」


「一言余計だぞ。ま、言っとくがプロじゃねぇんだから出来にはあんま期待するなよ」


「私にはできないことだもの。あなたに任せるわ」


「あ? お、おう」


 急に変なことを言われ、俺は僅かにうわずって相槌を打った。


 目を覚ましてから終始上から目線で偉そうだったフェウーは心なしか態度を軟化させてきたようだ。


「そういえば、あなたはずっとここに住んでいるのかしら?」


 そんなフェウーとの距離の取り方に戸惑っていると、続けざまにフェウーの方から踏み込んできた。


「あー、いや。ここを使うようになったのはわりと最近だな」


「そうなの? じゃあここに住む前はどこにいたの?」


「あちこちを転々、だな」


「勇者として冒険の旅に出ていたというところかしら?」


「ん、まぁ……そうだな」


 隠しているわけではないが話しづらい話題にフェウーは踏み入ってくる。

 短い付き合いながら、この少女が自分からこういうことをするのは意外に思えた。


 フェウーは俺との距離感を慎重に確かめつつ、何かを知りたがっているようだ。


「そういえばさっき自分のことを“元”勇者って言っていたわよね?」


「……あぁ」


「ということはつまり今は勇者を引退して、ここで暮らしているということなのね」


「そうだな」


 この場合の“引退”とは、魔王討伐を諦めたという意味だ。


 勇者として召喚された人間はごく一部の例外を除いて魔王討伐に積極的だと聞く。

 そもそも儀式で勇者としての適性が高い人間が召喚されるからだ。


 さりとてすべての勇者が魔王討伐に成功するわけもなく――――俺のように敗れる者もいる。


 勇者召喚の儀式には多大な犠牲が伴うと聞く。

 魔王に敗れた異世界勇者は諦めずに魔王に死ぬまで挑み続けるか、召喚した国に追われる身となる。


 そうしてろくな仕事にも就けない元勇者は“勇者崩れ”と後ろ後ろ指を指されながら生きていくしかない。


 浮世離れしてそうなこのダークエルフの少女がそういう事情をどれだけ知っているのか知らないが、フェウーは納得したように次の質問を投げかけてきた。


「ふぅん……。ここには一人で暮らしているのかしら?」


「ご覧の通り、男一人が暮らすボロ屋だ」


「料理も裁縫も得意みたいだけれど、家事は全部自分でしているのかしら」


「そりゃ、一人暮らしだからな」


「買い出しとかはどうしてるの?」


「近くに割と大きな街がある」


「じゃあ――」


「そんな回りくどく聞かなくてもいいぞ」


 俺は裁縫作業を続けながら、矢継ぎ早なフェウーの質問を制した。


 室内の空気が僅か重くなったような気がした。


「なんでお前がここにいるのか、俺とお前の関係はなんなのかを知りたいんだろう?」


「……」


「勇者を引退した今の俺はどこにでもいる低俗なチンピラで、お前は運悪くそんな俺に拾われた奴隷だ」


 背後からフェウーの息を呑む気配が伝わってくる。


「お前が今朝裸だったのは……昨晩俺がお前を犯したからだ」


 俺は作業の手を止めず、淡々と告げた。


「だからあまり俺に馴れ馴れしくするな。俺は情にほだされて金の種を逃がすような甘い男じゃないぞ」


 フェウーは。

 消え入りそうな声で「そう」と呟いて――それきり喋らなくなった。












 その夜――。


 窓から漏れる炎星えんせいの燃えるような赤い光が差し込んでいる。




「できたぞ」


 半日かけて、なんとかそれらしい服が完成した。

 我ながらあまり褒められた出来ではないが、少なくとも服を買いに街に出かけるくらいはできそうだった。


「……ありがとう」


 フェウーは目に見えて元気がなくなっていたが、俺が服を手渡すとお礼を言って受け取った。


「買い出しは……明日以降だな。今日は風呂にでも入ってもう休むか」


 風呂という俺の発言を聞いてフェウーはピクリと反応した。


「…………」


「…………」


 気まずい雰囲気が部屋を満たす。


「……あのな、昨日はその場の流れでついそうなっちまったが、本来俺はお前みたいな子どもに興味はねぇんだ」


「……」 


「ちっ――」


 俺は雰囲気に耐えられずに先に風呂に入った。


 風呂を出ると、フェウーは借りてきた猫のようにベッドの上で小さくなって座っていた。


「なぁ」


「……」


 俺は気まずくてガシガシと自分の頭を掻いた。


「どうしたってんだよ。昨日のお前は、自分が奴隷だってわかってからも生意気で、それどころか輪をかけて反抗的だったぞ」


「……」


「それが今日はどうだ。こっちは何もしないってんのに、アレだ。その……調子狂うぜ」


「……そうね。昨日の私が何を考えていたのかは私にはわからないわ」


 フェウーはベッドの上で膝を抱えて座り込んだままうつむいて表情を隠した。


「でも、少なくとも今日の私はあなたと“うまくやっていける”と、そう思ったの」


「……」


「だから、私は……」


 そう言ったきり、フェウーは黙ってしまった。


 俺とフェウーは無言で同じベットに少し離れて横になった。







 俺は眠りにつく直前。


「おやすみなさい。もしよかったら、明日の私には優しくしないでね……」


 そう、聞こえた気がした。













 その夜――。

 窓から漏れる炎星(えんせい)の燃えるような赤い光を浴びながら俺は夢を見た。





「勇太。お前A社に内定決まったって本当か?」


「おう。ま、当然だろ?」


「うぜー。でも勇太だからな」


 ゲラゲラと笑いながら一流企業に就職が決まった俺を大学の学友が俺を祝福した。

 有名大学に進学した俺はサークルの部長を任され、ゼミでも成績優秀。


 そんな俺が一流企業から内定を貰えたことは誰しもが納得した。


「給料も良いみたいだからよ。お前らにうまいもん奢ってやるよ」


 気が大きくなった俺は次第にでかい口を利くようになった。

 社会人になってから俺は持ち前のリーダーシップ、発想力と企画力を生かして仕事に精を出そうとした。

 だが――――。





「また君か。ゆとり世代は年功序列というものがわかっていないな」


「言われたことだけをやればいいんだよ。まったく、これだからゆとりは」


「ゆとり世代の分際で俺に意見を言うつもりか? 黙っていろ!」


 しかし、会社では俺の意見やアイデアに耳を傾ける人間は誰もいなかった。


 むしろ型破りで斬新な発想をする俺は次第に疎まれ、会社に通うことも苦痛に感じるようになった。

 俺がどれだけ良い仕事をしても、「ゆとり世代」という俺自身にはどうすることもできない背景だけで正当に評価されることはなかった。


 学生時代は個性を生かす教育を受けてきたが、社会では個性をとにかく殺し、会社の歯車として生きることを要求された。


 自分を見失った俺は、逃げるように会社を辞めた。

 人生というレールを外れた俺は道を見失い、気付けば誘われるように駅のホームから身を投げた――――。





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