【2日目】なにはともあれ腹ごしらえから
…………頬に何か刺激を感じる。
つんつんと、指先で誰かにつつかれているような感覚がある。
目を閉じたまま寝惚けた頭で考える。
誰だ? 俺のアジトの場所を知っている奴は限られる。
だが、男の頬をつついて起こすような可愛げのある奴なんて果たしていただろうか……?
いやそうか。確か、今は一人いたんだったな。
だんだんと覚醒し、昨日の出来事を思い出してきた俺はゆっくりと目を開けた。
「――逃げなかったのか?」
目を開くと、予想通りそこには俺を見下ろすダークエルフの少女の顔があった。
不覚にも捕らえた奴隷少女より後に目を覚ますという失態を犯してしまったらしい。
逃げる、隠れる、殺す……は、難しいだろうが。ともかく選択肢は無限にあっただろう。
しかしフェウーはそのどれも選ばず、あろうことか俺を起こすということを選択した。
興味深そうに俺を見つめていた金色の目は俺の言葉を聞いてきょとんと丸くなった。
「逃げる? 私が?」
少女は、まるで昨日俺に何をされたのかをすっかり忘れているかのような様子だ。
「覚えていないのか?」
俺の質問に少女はゆるりと金の髪をなびかせて首を左右に振った。
「悪いけれど、何も覚えていないわ」
よく見れば少女はベッドシーツを身体にトーガのように纏って裸身を隠している。
どうやら一応羞恥心は持ち合わせていたようだ。
「……そうか」
「えぇ。申し訳ないのだけれど、今日の私からすればあなたとは初対面よ。名乗ったほうがいいのかしら?」
0時とともに身体がリセットされる少女――。
あるいは記憶もリセットされるのではと、予想していなくはなかった。
ということは、だ。
この少女との関係は一日毎にリセットされ、酷い目に遭わせるのも、慈悲深く接するのも全て俺の選択次第ということか。
はたして、俺はこのフェウーという奴隷ダークエルフの少女をどうしたいのか。
売り飛ばすか、欲望のままに陵辱するか、それとも――――
グゥ~~……
「あん?」
「あっ……!」
気付けば少女がじと目でこちらを睨んでいた。
今の音はひょっとしてフェウーの腹の音か?
「レ、レディーを無視するだなんて、まったく無礼な人ね!」
態度はデカいが、顔を赤く染めながら口を尖らせて不平を言う様子は外見通り少女のそれだ。
「ふっ――あぁ、すまん。俺はユータだ。お前はフェウーだろ?」
「今笑ったかしら」
「いや?」
「それより、起きたなら朝食の用意をしなさいな。昨日の私から聞いているかもしれないけれど、私は料理は一切できないわよ?」
昨日に引き続き、まるで王女様のような振る舞いだ。
だがその姿は自分を偉く見せようと強がっている少女のようで微笑ましかった。
「そうだな、まずは腹ごしらえからだな」
フェウーとの関係を今後どうするかはひとまず置いておこう。
俺は手近な服を身に纏ってからアジトの食料庫を覗き込んだ。
このアジトには有事に備えて食料がかなり保存してある。
というか最近はこのアジトでずっと寝起きしているので、実質このアジトが今の俺の家にあたる。
これらの食料を含めてアジトに侘しい独身男の生活感が出ているのが最近の悩みだ。
「ハーピィの卵と玉ねぎに似た野菜……何かの鳥の肉か。親子丼っぽいヤツができそうだな」
日本にいた頃は一人暮らしだったので料理は一通りこなせる。
勇者として召喚されてからもこちらの世界の食材を使って冒険の合間に日本食もどきのようなものを作っていた。
材料を抱えて食料庫から出てくるとフェウーと目が合った。
「頼んでおいて今更なのだけれど、あなたは料理とかできるのかしら」
「まっ、一応な」
俺の料理の腕に不安があるのか、フェウーは訝しげにこちらを見ている。
そんなフェウーの視線を特に気にせず俺は調理台に向き合った。
俺が隠れ家として常日頃から使っているこのアジトには調理環境が完璧に整っている。
一番のお気に入りである魔力で使えるコンロ(火力調整が容易でどんな料理でもできる)を筆頭に俺自慢の調理器具と調味料が揃えてある。
ヒヒイロカネ製のフライパン、アダマンタイト製の包丁、ドラッケン山脈で採れた岩塩。
特に自慢の一品なのが古代遺跡で見付けたこの――――。
「……何の匂いかしら? これ」
それらお気に入りの器具を使って上機嫌で料理する俺を後ろから見ていたフェウーは、鍋に投入した黒いの調味料の匂いを嗅いでしかめっ面をした。
「これか? これは醤油だな」
「ショーユ?」
精一杯背伸びをして鍋を覗き込むフェウーは未知の調味料を前に不安そうだった。
「そうだ。俺が以前古代の遺跡で見付けてきた調味料だ。うまいぞ」
「遺跡で……? それって腐ってるんじゃないのかしら」
フェウーはそっと身を引きながらますます疑わしげな表情で俺を見つめた。
「違う違う。こいつは発酵っていうんだ。日本では一般的な調味料なんだが、まさかこの世界にもあるとは思わなかった」
そう。日本人の家庭の味である醤油は日本以外ではなかなか手に入らない。
ましてこんな異世界で入手できるはずがないと諦めていたのだが、あろうことか伝説の剣を求めて探索した古代遺跡の宝箱から見つかったのだ。
あの時の喜びは今でも忘れることができない。
「ニホン? 聞いたことのない国だけれど。本当に大丈夫なのかしら」
「俺の生まれた国の料理なんだ。まぁ食べてみろって」
茶碗に炊いた米(と似たような穀物)をよそい、完成した親子丼もどきを盛り付ける。
どろどろした具材を茶碗に盛る俺を見てフェウーはエルフ耳をピクピクさせて警戒している。
「ふぅん。私の知る限り、ヴァイスバーチュにそんな名前の国はなかったと思うけれど。新興国かしら?」
「あ~……ヴァイスバーチュの国じゃないぞ。俺がこっちに召喚される前に住んでいた世界の国だ」
「召喚ですって? じゃああなたひょっとして勇者なの?」
「元、な……。おいそれよりできたぞ」
俺は面倒な話題を遮り、完成した二人前の親子丼らしき料理をテーブルに載せた。
フェウーは親子丼に対して計り知れない不信感を抱いているようだが、それでも大人しく席についた。
よほど腹が減っているのだろう。
俺はフェウーにスプーンを渡し、自分は箸を持って席についた。
「いただきます」
「?? ……イタダキマス」
俺の日本式挨拶を真似をしてフェウーが手を合わせた。
俺の真似をするフェウーが面白くて、「これが日本式だ」と言わんばかりに丼を手に持って口に近づけて喰って見せると、フェウーは小声で「なっ」と絶句した。
育ちが良いのか、フェウーは俺の食事作法が許せないとばかりにわなわなと開いた口を震わせている。
しかし結局諦めたように何も言わずに口を閉じた。
暫く悩んでいたフェウーは覚悟を決めたようにスプーンを手に取った。
どんぶりはテーブルに置いたままだ。
そろりとスプーンで卵に包まれた鶏肉をひとかけら掬うと、フェウーは緊張で震えながら恐る恐る口に運んだ。
「……………………」
フェウーは一口食べたまま硬直していた。
「おい? どうし……」
「おいふい!!」
俺の声を遮るようにフェウーが歓喜の声をあげた。
突然、幸福の絶頂とでもいうかのような満面の笑みを浮かべたフェウーは作法をかなぐり捨ててどんぶりを持ち上げて猛烈な勢いで親子丼もどきを食べ始めた。
「とてもおいしいわこの料理! あなた、なかなかやるじゃないの!」
「お、おう」
ちょっと引くくらい喜んでいるが。ここまで露骨に喜ばれると、やはり少し嬉しい。
思えば、こうして誰かと向かい合って食事するのは久しぶりだ。
魔王を倒すために仲間と冒険をしていた頃はよく一緒に酒場で飯を喰ったものだ。
あれはもう何年も前のことか。
懐かしい記憶を思い返しているとフェウーが上目遣いでこちらを見ていることに気付いた。
「どうした?」
「その……はしたないかもしれないけれど、あなたさえよければ……?」
何やら急にしおらしく、そしてもじもじしだしたフェウー。
よく見れば彼女の器が空になっている。
「ん? あぁ、おかわりだな?」
フェウーは恥ずかしそうに赤面しながらも、おかわりをよそってやると子どものように喜んだ。
そうしてフェウーと囲んだ初めての食卓は、まるで家族のようで……俺は変なむず痒さを覚えたのだった。
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