幼馴染
奢ると言っても、汐羅たちの住んでいる近所には、オシャレなカフェやレストランなどがある訳ではない。ここら辺の若者の溜り場と言えば、もっぱら『ジョイフルモール』という名前が付いたアミューズメント施設だ。いつ行っても、小学生から中高生くらいまでの子どもたちでごった返しているという印象を受けるが、今日もその例に漏れていなかった。
大音量のアニメソングが流れる店内を歩き、フードコートまで辿り着いた汐羅は、空いている席に座った。紀之は食べ物を買いにカウンターの方へと向かっていく。
元気いっぱいに走り回る小学生くらいの男の子を見つめながら、汐羅は今更のように、紀之に気を使わせてしまった事を申し訳なく思った。
紀之は、頬骨の高い精悍な顔つきで、手足が長く、背の高い人物だ。早苗が「カッコいい」と評する通りに、容姿はそんなに悪くないと汐羅も思っている。だが、汐羅の知る限りでは、紀之は今まで恋人を一人も作った事がなかった。
メンズ向けのファッション誌に載っていそうな髪形と、若干着崩した制服姿という、一見すると少し軽そうな外見とは裏腹に、紀之は真面目なのだ。
前に汐羅が聞いたところによると、「本当に好きな人以外とは付き合いたくない」を信条としているらしい。人生で初めて告白されて、嬉しくてそのまま一輝と付き合ってしまった汐羅とは大違いだ。その時の紀之は、汐羅の事を軽率だと窘めたが、舞い上がっていた汐羅は「まだ誰にも告白された事のない紀之には言われたくない」と、彼の忠告を無視した。
そうやって、ともすれば感情的になってしまいがちな汐羅を諫めたり宥めたりするのは、昔から紀之の役目だったのだ。
そして今日も彼は憤りが収まらない汐羅のために、こうして温かい心配りを見せてくれているのだ。心配りの出来る優しい幼馴染に感謝するばかりである。
「何だ、汐羅。何か欲しいものでもあるのか?」
汐羅がぼんやりとそんな事を考えていると、トレーを抱えた紀之が話しかけてきた。トレーには、コーラの他に、炭酸飲料が苦手な汐羅のためのオレンジジュースと、ハンバーガーが乗っている。汐羅が好きなチーズバーガーだった。
「ううん。別に」
汐羅は礼を言って、紀之が持って来てくれたオレンジジュースをストローで吸い上げた。
「あっ、あのゲーム、新しいやつだ」
紀之もコーラを飲みながら、何とは無しに店内に目を遣っていたようだが、その視線がある一点で止まった。フードコートを出てすぐのところにある、シューティングゲームや格闘ゲームが設置されている場所だった。
紀之の言う『新しいやつ』とは、クレーンゲームの事だった。確かに前に来た時はなかった気がする。だが、その商品は茶色っぽい紙袋に包まれているので、中身が見えなかった。大きさはマッチ箱くらいのものから、小型のテレビ程もあるものまで、様々だ。
「お楽しみ、福袋企画。何が出るかな?」
汐羅は、クレーンゲームの筐体に貼られた紙に書かれている文言を読み上げた。
「福袋? こんな季節に?」
紀之は呆れたような声を出した。九月に入ったとはいえ、まだまだ夏の盛りのように暑い日が続いていたのだ。確かに福袋が出る季節と言われて連想するのは、寒い冬だ。しかし、汐羅は「ちょっと面白そうだね」と興味をそそられた。
「汐羅……福袋なんていうのは、どうせ売れ残りのものばっかり……」
言いかけて、紀之は言葉を切った。財布を持って立ち上がる。
「紀之?」
「奢ってやるって言った手前、仕方ないよな」
「えっ、やるの?」
汐羅は目を見開いた。
「任せとけって」
両替機で千円札を小銭に替えながら、紀之は余裕たっぷりに笑った。
「どうせなら、一番良い奴を取って来てやるよ」
商品の中身は見えないのに、何を言っているというのか。紀之は硬貨を何枚か投入口に滑り込ませると、腕まくりをしながら筐体についているレバーを操作し始めた。




