裏切り
休みに入ると、汐羅の不安はますます高まった。これまでは長期休暇に入っても一輝とは携帯でやり取りしていたし、何回かデートもした。その時に、「夏になったら海に行こうね」と約束もした。
それなのに、汐羅と一輝は休みの間、結局一度も会う事がなかったのだ。それどころか、彼の携帯にメッセージを送っても、長い間返事が返って来ない事もままあった。一輝は「塾の夏期講習で忙しい」と言っていたが、その言葉を、汐羅はどうしても信じる事が出来なかった。
そして休みが明けてみれば、「もう君とは付き合えないんだ」である。こう言われる事を予想するなと言われる方が、無理があるだろう。
一輝は、塾の冷房が効いた部屋にずっと籠っていた訳ではない事が分かるくらい、最後に見た時よりも日に焼けていた。早苗と会っていたのだ、そうに決まっている、と汐羅は思った。海へ行くという汐羅との約束を、一輝は早苗と共に叶えたのだろうか。そうするように、早苗が唆したのだろうか。そう考えると、沸々と腹の中から怒りが湧き出てきた。
汐羅は、自分と早苗の間には、確かな友情があると思っていた。一輝との関係を尋ねた時の早苗の言葉を信じたのだって、一輝の心変わりを認めたくないという思いの他に、親友の早苗が自分を裏切るような真似をするはずがないと過信する気持ちがあったからだった。
それなのに、早苗は平気な顔をして自分を騙したのだ。その事が分かった途端、汐羅が早苗に抱いていた美しい友情は、ドロドロとした敵意に変わった。今まで親友だと思っていた救いの女神が、憎んでも憎み切れないほどの仇敵へと変わった瞬間だった。
「人の彼氏を取るなんて、信じられない!」
翌日の放課後、帰路につきながら、汐羅は荒れに荒れていた。その隣には、学生鞄の肩ひもをリュックのように両肩に掛けてポケットに手を入れながら歩く、幼馴染の梅川紀之の姿があった。
汐羅と紀之は家が近く、小学生時代からの腐れ縁である。以前はよく一緒に帰る事もあったのだが、汐羅に恋人が出来てからは、その回数がめっきり減った。
汐羅にとって紀之は、本心を包み隠さずにぶちまけられる数少ない相手だった。紀之は汐羅が愚痴を零しても文句一つ言わないし、口が堅く、秘密はきちんと守ってくれる。本当の友人とは彼のような人物を言うのだろうと、早苗に手酷く裏切られた汐羅は痛感していた。
「本当に最低! ありえないっ!」
今朝、汐羅は早苗が登校してくるなり、彼女に詰め寄った。携帯を使えば昨日の内に連絡を取る事は可能だったが、汐羅としては面と向かって抗議しなければ、どうしても気が済まなかったのだ。しかし、早苗はいかにも演技に見えるような困った表情を浮かべながら、「仕方ないじゃない」と言ってのけた。
――一輝があたしの事を好きだって言ったんだもの。僻まないでよ。
いかにも聞き分けの悪い子どもをあやすような口調で言われて、汐羅は逆上を通り越して、もう何百年も早苗を恨み続けているような胸中に陥った。早苗が一輝を誘惑したに決まっているのに、自分には全く非がないような顔をする早苗が憎くて仕方がなかった。