不安の芽吹き
その後、どうやって家に帰って一日の残りの時間を過ごしたのか、汐羅はよく覚えていなかった。眠れぬ夜を過ごし、自室の窓のカーテン越しに差し込んでくる朝日を浴びながら、自分が見てしまったものは、もしかすると全て幻ではなかったのだろうかと思ってしまう程には、起こった事に対して現実感が持てていなかった。
まずは早苗や一輝に事情を聞いてみよう。二人が恋人同士のように親密に見えたのは、自分の勘違いかもしれない。人見知りしがちな一輝が打ち解けた様子だったから、余計にそんな風に感じられたのだろう。その日の朝の支度をしながら、汐羅はそう考える事によって、何とかショックから立ち直った。
――仲が良さそう? 別に普通よ?
だから早苗にそう言われた時は、汐羅は自分の推測が当たっていたという事に強い安堵を覚えて、それ以上彼女に追及しようとはしなかった。しかし、一輝の返事の方は、どことなく汐羅を不安にさせた。
いとも簡単に自分たちの関係を否定してみせた早苗と違って、一輝の答えは非常に歯切れが悪く、要領を得ないものだったのだ。ついには、「用事を思い出したから」という見え透いた嘘を使って、逃げられてしまった。
早苗の言葉で解消されたはずの気掛かりな心地が、再び汐羅を襲った。何だか嫌な予感がした。しかし、折悪くして学校は夏休みに入ってしまい、汐羅は一輝と会って直接話す機会を失った。