割れた鏡は瞬間接着剤をつければ直りますか?
汐羅はいつも通りの時間に家を出て、学校へと着いた。徹夜明けのために頭が妙に冴え渡っているという以外は、普段通りの朝だった。
汐羅が異変を感じたのは、教室に入った時だ。自分が入室した途端、一瞬、皆が黙り込んで、その後に歓談とも違うざわめきが広まっていったような気がしたのだ。
何だろう、と首を傾げながら、汐羅は自分の席へと向かった。しかし、その原因はすぐに判明した。
「汐羅!」
汐羅がどこからともなく自分に注がれてくる、肌をチクチクと刺すような視線に戸惑いつつも、壁際の机に鞄を置いた時だ。あるクラスメイトが、こちらへと早足でやって来たのだ。
「さ、早苗……?」
汐羅は瞠目した。
一輝との事があってからというもの、早苗と汐羅は以前のように言葉を交わす事はなくなっていた。彼女への恨みが晴れた今でも、それは変わらない。同じクラスで学んでいても、二人の距離は地上と月ほど遠いものとなっていたのである。そしてその距離は、離れてゆく事はあっても近づく事は二度とないとばかり思っていた。
それがどうした事だろうか。早苗は派手な化粧をした顔に笑みを浮かべながら、汐羅に親しそうに話しかけてきているではないか。その光景は、かつて二人が友人関係だった頃を思い起こさせた。まるで、ここ何か月かの出来事など、全て汐羅の夢の中で起こっていただけだったのだと言わんばかりであった。
しかし、早苗が「ごめんね」と口にした事で、汐羅は現実へと引き戻された。
「あたし、馬鹿だったわ。汐羅には本当に悪い事をしたと思ってる。でも、どうしても一輝の事が諦めきれなかったの」
早苗のキンキンとした高い声が睡眠不足の頭の中に響いて、汐羅は一瞬顔をしかめた。
「でもね、あたし、やっと気が付いたの。やっぱり友情が一番だって。あたしね、一輝と付き合ってた時も、汐羅を忘れた事は一度もなかったわ。いつかまた、友だちに戻れたらいいなってずっと思ってたのよ」
「さ、早苗……」
一気に捲し立てる早苗が一呼吸おく間を狙って、汐羅は頭を押さえつつも、ようやく口を開く事が出来た。だが、自分でも何を言いたかったのかよく分からない。いや、正確には聞きたい事が山のようにありすぎて、どれから話せばいいのか迷ったと表現すべきか。
話の邪魔をしないで、とでも言いたげな早苗の目を見ながら、やっと思考を整理し終えた汐羅は、まずは一番気になった事を尋ねる事にした。
「一輝くんは……?」
「……もう、いいの」
早苗は一瞬眉を曇らせた。その事を話題にされるのは不愉快でたまらないといった様子だった。
汐羅は、前に紀之が「あの二人、もうすぐ別れるかもな」と言っていたのを思い出した。早苗の口ぶりからするに、どうやら紀之の見立て通りに、早苗と一輝は破局を迎えたらしい。しかし、それを聞いても汐羅はいい気味だとは思わなかった。そんな風に感じる心は、汐羅の中からとっくに失われている。




