約束
――じゃあ、僕も赤いビーズをつけようかな。
ヘンドリックは糸で器用に絡げていた涙型のビーズを外すと、そこにクラリスが指輪につけたのと同じ、赤いビーズを括り直した。
――ほら、お揃いだよ。
ヘンドリックは自分の作品を手のひらに乗せて、屈託のない表情で笑った。クラリスの作った下手くそな指輪とヘンドリックが制作した綺麗な指輪が、まったく同じ価値を持っているとでも言いたげな笑みだった。クラリスもつられて笑顔になる。
――ヘンドリック、大好きだよ。
――だ、だめだよ、クラリス!
クラリスが思わず吐露すると、ヘンドリックは大慌てになった。
――まだ結婚式は始まってないから! 誓いの言葉は、まだ言っちゃダメ!
――そうだったね。
クラリスは舌を出した。ヘンドリックが「もう」と膨れる。
――僕だってクラリスの事が大好きなのに、言うの我慢してるんだから、ずるいよ。
――ごめんね。
クラリスは、胸の奥に温かなものが広がっていくのを感じながら謝った。
幼い二人は出来上がった指輪を握りしめながら、夜が更けるのを待った。夕方頃になって急に冷たい風が吹き出しても、持ってきたブランケットを二人で半分こしながら身を寄せ合って、寒いのを我慢した。
事態が急変したのは、辺りが薄暗くなって、ヘンドリックがそろそろランタンをつけようかと言ってきた頃だった。最初に異変を感じたのはクラリスだった。何かがポツリと手の甲に当たった感触がしたのだ。
それが雨だと気が付いた時には、二人ともずぶ濡れになっていた。膝の上に掛けていたブランケットを頭の上に広げながら、急いで近くの木立の中に避難する。
――大丈夫、すぐに止むよ。
不安そうな顔をするクラリスに対し、ヘンドリックは優しく微笑みかけてくれた。
だが、ヘンドリックの予想は外れた。雨は夜になっても止まず、赤い双星が天頂に辿り着く時間になっても空は真っ暗で、紅の光どころか他の星すらも見えなかった。
――結婚式、挙げられなくなっちゃった……。
クラリスは泣き出した。クラリスはこの日を楽しみにしていた。ヘンドリックと指輪を交換して、「大好きだよ」と言う瞬間を長い間待ち焦がれていたのだ。だというのに、突然振ってきた雨が何もかも流して滅茶苦茶にしてしまった。
――……うん。
ヘンドリックも沈んだ声を出した。だが、彼はクラリスのように泣きはしなかった。
――大丈夫だよ、クラリス。次はきっと晴れるから。
ヘンドリックはクラリスを慰めるように頭を撫でた。「次?」と、雨と涙で濡れた顔を上げながらクラリスは尋ねる。
――そう、次だよ。
ヘンドリックは優しく微笑んだまま頷く。
――十年後の『赤い双星の伝説』の日に、ここで僕は待ってるから。だから、クラリスも指輪を持って星見の丘に来て。その時結婚式を挙げるんだ。指輪を交換して誓いの言葉を言えば、僕たちはこれからもずっと一緒にいられるよ。ずっと、ずっと、一緒にね――。




