轍を迂回して
今までの描写から考えるに、クラリスはとても受動的な性格をしている。つまり、クラリスは『セーラ先生』の言いなりなのだ。『セーラ先生』が、雨が降っていると言えば、たとえ晴天でも雨天だと言ってしまうような人物なのである。
もちろんクラリスが『セーラ先生』の言う事に従わなかったら、『悪役令嬢を育成する』というこのゲームの本来の趣旨から外れてしまうので仕方はないのだが、『まあ、先生もそう思われますか! 実は私も同じ事を考えていました』という台詞がある通りに、クラリスは自分の考えを持っていない訳ではないのだ。
それにも関わらず、人の言う事に流されてしまう少女。それがクラリスなのである。そしてそれは、プレイヤーである汐羅の視点からだけでなく、作中で彼女に指導を行っていた『セーラ先生』の目から見ても明らかだった。
だから『 3.どうすればいいのかなんて、自分で考えなさい。 』なのだ。こんな大事な場面なんだから、自分で考えて行動しなさい、と『セーラ先生』は激励しようとしたのである。それが『セーラ先生』が、クラリスに最後に伝授しようとした教えだ。ヘンドリックと結婚すれば、『セーラ先生』はいなくなってしまう。そうなっても困らないように、自分の頭で物事を考えて、判断することの大切さを言い聞かせようとしたのだ。
これらは全て『セーラ先生』の考えである。この選択肢には、それ以上の意味はないだろう。だが、もしここに私情を挟む事を許されるのなら、この決断は『セーラ先生』ではなく、汐羅にとっても思うところのあるものだった。
汐羅はそんな受け身な性格のクラリスに、かつての自分の面影を見たのだ。ただ告白されたから一輝と付き合ってしまった自分。もし『 1.彼から差し出された指輪を受け取ってあげましょう。 』か『 2.彼の愛の言葉にただ頷けばいいのです。 』を選んだとしたら、ヘンドリックの目にクラリスはどのように映るだろうか。
ただ自分が指輪をあげた、愛を囁いたから、クラリスはそれを呑んだだけではないだろうかというすっきりしない思いが、彼の心のどこかに生まれてしまうかもしれない。そしてクラリス自身はどう思うのか。ただ幼い頃の約束と、その場の雰囲気に流されるままなって、ヘンドリックの申し出を受け入れてしまったと後悔しないとは言い切れない。『セーラ先生』に言われたからそうしてしまったというわだかまりが、後々まで残らないとは限らないのだ。
汐羅は自分と同じ轍をクラリスに踏ませたくなかった。少しの綻びとすれ違いから破局を迎えてしまうような悲劇を、もう一度目の前で起こす訳にはいかない。だって汐羅はクラリスを憎んでなどいないのだから。
(大丈夫。『セーラ先生』がいなかった今までも、クラリスはヘンドリックと上手くやっていたんだから……)
汐羅は画面上のカーソルを移動させ、『 3.どうすればいいのかなんて、自分で考えなさい。 』の上に置くと、そっと決定ボタンをクリックした。




