愚行
――そう言えば汐羅って、三組の長谷一輝くんと付き合ってるのよね。
汐羅が早苗と友人になってから、一か月ほど経ったある日の事だった。昼休みに二人が机を並べて一緒に弁当を広げていると、何気ない口調で早苗がそう切り出してきた。
――いつからなの?
――一年生の時だよ。十月二十日から。
少し照れつつも、汐羅は意気揚々と答えた。
汐羅にとって、一輝は初めての恋人だ。それと同時に、自慢の恋人でもあった。優しくて、いつも汐羅の意見を尊重してくれる。一輝が我儘を言ってきて困った経験など、汐羅は一度もなかった。
それに、一輝は女子たちの間では密かな人気を誇っていた。顔立ちが整っているだけでなく、少し内気な性格が可愛いと、もっぱらの評判なのである。そして、そんな一輝に魅せられた子たちが「でも長谷くん、彼女いるしね」と嘆く度に、汐羅はちょっとした優越感を覚えるのだった。
――汐羅ってすごいわよね。二組の梅川くんとも仲良いんでしょ? 周りにいるの、カッコいい男の子ばっかりじゃない。
早苗の言う「梅川くん」とは、汐羅の幼馴染の梅川紀之の事だった。早苗と友だち付き合いをするようになってから気が付いたのだが、どうも彼女は少々ミーハーなところがあるようだ。
――ねぇ、今度二人とも紹介してくれないかしら?
――二人とも? うーん、でも紀之は……。
汐羅は少し言い淀んだ。早苗のこの申し出を、紀之は快諾しないであろう事が分かっていたからだ。だが、そんな事を正直に話せば、早苗は不快な思いをするに違いない。
――じゃあ、長谷くんの方だけで良いわ。
汐羅が困っていると、早苗は肩を竦めた。
――ファンの子たちに、「あたし、長谷くんと話した事あるのよ」って自慢したいからさ。ねぇ、良いでしょ?
自尊心をくすぐるような巧みな言葉に、あっさりと汐羅は乗せられた。「もう仕方ないな」と口では言いつつも、内心ではまんざらでもない気分で了承して、その日の内に一輝を早苗に引き合わせてしまったのだ。
『長谷くん、やっぱりカッコいいわね』
その日の夜、早苗と携帯でメッセージのやり取りをしている時に、ふとした事から昼間の話題になると、彼女がそんな事を言ってきた。
『成績も良いんでしょ? 文系教科なんて、一年生の最後にやった期末テストで、全部十位以内に入ってたもんね』
その通りだった。汐羅はますます得意になって、何故早苗が、わざわざそんな事を記憶していたのかなど、疑問にも思わなかった。この時訝しんでいたら、もしかしたら最悪の事態を未然に防げたかもしれないのに。早苗は、以前からずっと一輝の事を狙っていたのだ。
『あたし、古典苦手だからさ。もし長谷くんに教えてもらえたら、すっごい助かるかも~』
古典に限らず早苗の成績があまり芳しくない事は、汐羅もよく知っていた。親友からのたっての頼みで自慢の恋人を貸してあげる。そんな状況に酔いしれていた汐羅は、まんまと早苗の罠に嵌り、少しの間早苗の勉強を見てあげてほしいと、一輝に頼んでしまったのだ。