導く者
「やっぱりずっと好きな人がいたら、その相手と幸せになりたいって思うよね」
「お前がそれを言うのか」
紀之はからかうように笑った。
「ゲームとはいえ、純真なご令嬢を婚約破棄させようとしていたお前が」
「そ、それは……」
反論しかけて、汐羅はふと思いとどまった。
現実の世界で生きる者は、自力で様々な物事を選択出来る。例えば、あの女子生徒が紀之に告白した事、汐羅が紀之の視線に新たな意味合いを見出しかけたが、それを無視した事。それが間違いであれ正解であれ、自分の道は自分で切り開ける。いくつもある選択肢の中から、これはと思う方向に進む事が出来る。
だが、ゲームの世界は違う。そこに住まう者たちは、『プレイヤー』という外の存在がいなければ何も出来ない。進む事も戻る事も出来ぬまま、その場にただ立ち止まっているしかない。
――やっぱり先生は頼りになりますね。
クラリスの可憐な声が脳裏に蘇ってくる。
もうすぐ星見の丘でヘンドリックと会う日が近づいている。あの指輪を持ってお互いに愛を誓い合う日がすぐ傍まで来ている。
それなのに汐羅は彼女を見捨てようとしていた。クラリスだって、好きな相手と幸せになりたいはずだ。クラリスとヘンドリックが結ばれる未来を描けるのは汐羅だけだというのに、このままではそんな日は永遠に来ないのである。
汐羅は一輝に幸せになってほしいと願った。自分のせいで傷つき、懊悩を抱えていた一輝に。それはクラリスも同じだ。ただ顔が早苗と似ているという理由だけで、汐羅はクラリスに憎しみをぶつけ、彼女を悲しませた。クラリスが本当に似ていたのは一輝の方だったのかもしれない。だが、汐羅のせいで悲痛な思いをした二人の間には、決定的な違いがある。
現実の世界で生きる一輝には、幸せになれる未来を自力で獲得できるチャンスがいくらでもあるだろう。現に彼は、自分の幸せのために汐羅ではなく早苗といる方を選んだ。しかしゲームの中で生きるクラリスには、汐羅――『セーラ先生』という、教え導いてくれる存在が必要不可欠なのだ。彼女は『セーラ先生』を拒めないし、その存在なくしては、未来永劫不幸にもならない代わりに、幸せにもなれない。
(まだ、間に合うかな……)
もう随分とエピソードを進めてしまった。取り返しのつかない程に、ヘンドリックのクラリスへの好感度は下がってしまっているだろうか。それでも、まだ足掻ける余地があるのなら諦めたくない。
リセットして、新しいデータでやり直せばいいとは思わなかった。自分が身勝手な理由で悲しい思いをさせてしまった、あのクラリスでなくては駄目なのだ。他のクラリスが幸せになっても、最初のクラリスがハッピーエンドを迎えられなければ意味がない。
「ごめんね、紀之! 失恋記念日を祝うのは、私だけで良いから!」
汐羅はそれだけ言うと、紀之の返事も待たずに自宅へ向けて駆け出した。




