穏やかな日々
「汐羅、あのゲーム、どうなった?」
汐羅が自らの在り様を反省してから一週間ほど経ったある日の昼休みに、紀之がそんな事を尋ねてきた。
二人は、紀之のクラスで昼食をとっているところだった。汐羅は、今では自分のクラスに一緒に昼食を食べるくらいの仲の友人はいたのだが、やはり一緒にいて落ち着くのは古くからの付き合いのある紀之なので、こうして休み時間を共に過ごす事もままあった。
「あのゲームって、『悪役令嬢育成計画』?」
箸の先で弁当箱の隅に入っていた卵焼きを突きながら、汐羅が返した。
「一週間もあればクリア出来るボリュームって、ネットに載ってたからさ」
購買で買った焼きそばパンを豪快に頬張りながら、紀之が言った。
「どうなのかと思って」
「うーんと……」
あの日以来、汐羅は一度もゲームをプレイしていなかった。そう告げると、紀之は酷く驚いた顔になった。
「てっきり、もう三週目くらいかと思ってた」
紀之は、冗談でもなんでもなさそうな口調で言った。
「だって最近の汐羅、すっきりした顔してるから」
「そう?」
汐羅は軽く笑った。しかし、茶化してはみたものの、紀之の言う事は当たっていた。
自分を悩ませていたあの憎しみの正体が分かった今、汐羅は以前よりずっと穏やかな気持ちで過ごす事が出来た。一輝と早苗の事は、なるべくしてそうなってしまったのだと思うと、もはや二人が一緒にいるところを見ても、心の中が荒れ狂う事はなかった。ただ今は、自分といて掴めなかった幸せを、一輝が感じてくれればいいと思っている。
「やっとちゃんと失恋できたんだな」
紀之が柔らかく笑った。彼は昔から汐羅の心中を読むのが上手い。皆まで言われずとも、汐羅の気持ちが吹っ切れたのを感じたのだろう。幼馴染の心の中が凪いでいるのが分かって、紀之は安心しているようだ。
「よし、じゃあ今回も失恋記念に俺が奢ってやるか」
紀之がおどけたような声を出して、残りの焼きそばパンを平らげた。
「私、たまには『ジョイフルモール』じゃなくて、別の所が良いなー」
「文句言うな」
汐羅の冗談に、紀之も笑って応えた。




