後悔
(私、一輝くんの事、そんなに好きじゃなかったのかな……)
汐羅はその事に気が付いて、衝撃を受けた。
一輝を取られても、浮かんでくるのは早苗への憎しみばかりで、彼への未練ではなかった。一輝が自分以外の誰かを好きになる事を、少しも悲しいと思わなかった。
汐羅は怒っていただけだったのだ。その怒りの原因も自尊心を傷つけられた事によるものだ。確かに汐羅にとって一輝は自慢の恋人であった。だが汐羅がそう認識していたのは、一輝がかつて自分のために見た目を美しくする事を覚えた人であり、他の女の子たちにモテる人だったからだ。言い換えれば、汐羅は一輝のそんな上っ面しか見ていなかった。その奥にある彼の気持ちには少しも目を向けようとしていなかったのだ。
もちろん早苗は重罪人だ。だが彼女の犯した罪は汐羅にとっては、自分の『好きな人』を奪った事ではなかった。盗人は盗人でも、早苗が引っ手繰っていったのは、汐羅の『お気に入りのアクセサリー』に過ぎなかったのである。
(……きっと一輝くんは分かっていたんだ)
汐羅が自分を本気で好きではないという事も、ただ告白されたから恋人になっただけだという事も、一輝は察していたに違いない。そして、自分の気持ちは一方通行だと感じていた。苦しくて苦しくて仕方がなかった。
しかし奥手な一輝は、汐羅が自分の事をきちんと好きになってくれるように、積極的なアプローチが出来なかったのだろう。それでもいつかは汐羅が振り向いてくれると信じていた。だが、その日は待てど暮らせど訪れなかった。
そんな時に早苗が現れたのだ。早苗はきっと、一輝といる時はいつでも彼に心底惚れ抜いた目をしていたに違いない。だから、一輝は早苗に心を動かされたのだろう。早苗は、自分を好きだと言ってくれる人――汐羅がくれなかったものを与えてくれる人だったからだ。
(ああ……私、馬鹿だったな)
汐羅はベッドによたよたと近づくと、そこに倒れ込んだ。瞳の奥から、じわりと涙があふれてきて、頬を濡らした。
全ては汐羅の想像だ。だが、これが的外れな推論だとは、どうしても思えなかった。何もかも自業自得だったのだ。全て自分が招いた業。そのせいで一輝を傷つけ、自分も瞋恚の焔に焼かれる事となった。しかし、そうと気が付いてみても、もう何もかも遅すぎた。
汐羅は少し顔を動かした。画面の中では相変わらずクラリスが、『セーラ先生』の返事を待って微笑んでいる。
「ごめんね……」
汐羅は呟いた。体中から今まで自分がしてきた事への後悔が湧き出てきて、それに押し潰されてしまいそうだった。
「当て擦りであなたの未来を奪うような事をして、ごめんなさい」
これ以上、誰かを不幸にしてはいけない。ましてやクラリスは、早苗と顔が似ているだけの別人だ。そこに、たまたま彼女の好きな人が一輝と似ていたという要素が重なって、意固地になってしまっていた。本当は、クラリスは何も悪くないという事にとっくに気が付いていたというのに。
「もう絶対に邪魔しないから……」
汐羅は電源ボタンに手を伸ばすと、そのままスイッチを切った。暗転した画面に自分の悲愴な顔が映るのを見ながら、汐羅はゲーム機をそっと手放した。




