羽化
その出来事がきっかけで、汐羅と一輝は打ち解けていった。人前に出ると緊張して上手く歌えないという一輝と一緒に、汐羅は歌が上達する方法を懸命に探して実行した。
それでも中々歌は上手くならなくて、二人は毎日のように居残りをさせられたが、文化祭当日は、見事に皆の声の中に溶け込む事が出来た。担任は二人をよくやったと褒めたが、それを聞いて、汐羅たちは目配せして笑い合った。二人とも、口パクで乗り切ったのだ。汐羅たちの中に、共犯者意識が生まれた瞬間だった。
それが契機となったのだろうか。翌日の後夜祭の最中に、汐羅は一輝に呼び出され、告白された。
しかし、自分に想いを告げてきたのが一輝であると、汐羅はすぐには気が付かなかった。と言うよりも、制服をオシャレに着崩して、髪を綺麗にワックスでセットし、背筋をしっかり伸ばしたその男子生徒が、あの根暗を絵に描いたような一輝と同一人物であると見破れという方が無理があっただろう。
彼の端正な顔立ちは優しげで、どこか女性的で柔和な雰囲気をまとっていた。昨日、別のクラスでシンデレラの劇をしていたところがあったが、この男子生徒は、そこで王子様の役を任せられても、立派にそれをこなせそうだった。むしろ、彼以上の適任を見つけるのは難しいかもしれない。
汐羅は目の前の男子生徒を知らない人だと判断して、思わず「誰ですか?」と尋ねてしまった。そして、それが一輝であると知った時には仰天した。もちろん、一輝は見た目に気を遣えばこれほどまでにカッコよくなれるのかという驚きもあったのだが、それ以上に、今朝教室で見た一輝はいつもと変わりない地味な容姿をしていたので、一体何があったのだろうと思ってしまったのである。
――どうしたの、それ。
汐羅は真っ先にそう質問した。きっと汐羅以外の女の子でもそうしたに違いない。それほどまでに、一輝の変身ぶりは驚異的だったのだ。さながら地を這っていた虫が蝶になって、天高く舞う事が出来るようになったかのような変わりようであった。
そして、その問いかけに対する一輝の答えに、汐羅はますます驚愕した。一輝は汐羅に告白しようと思ったものの、今の自分では到底汐羅の隣に立てるような姿ではないと判断して、汐羅を呼び出す前に学校の裏手にあるオシャレな美容院に駆け込んで、髪形から服装に至るまで整えてもらったというのだ。
あの真面目な一輝が学校を抜け出した事にも驚きだが、それ以上に、自分のためにそこまでの事をしてくれたという事実に、汐羅は高揚感を覚えた。そして、その浮つく気持ちのままに、一輝の告白を受け入れたのだ。