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歌の練習

 汐羅せら一輝かずきは、一年生の時は同じクラスだった。だが、今でこそ密やかな人気を誇る一輝は、その頃はまったく真逆のタイプであった。すなわち、女子にはモテないどころか、見向きもされない部類に入るであろう事は明らかな、目立たない人物だったのである。


 というのも、彼は見た目にあまり気を使わない方で、生徒指導の先生が拍手を送りそうな程の何の面白みもない制服の着こなしをしていて、癖毛気味の髪は変なカットをしてある上に好き勝手な方向に伸び、猫背のせいで顔に影が落ちて根暗そうに見えたのだ。それに、休み時間はずっと教室の隅の自分の席で本を読んで過ごしていたのも、彼の陰気な印象に拍車をかけていた。これでは女子生徒の話題に上らなくても無理はないだろう。 


 汐羅せらも大多数の女子と同じように、特に彼を気にした事はなかった。きっと、文化祭の準備の際に、一輝と二人で居残りをさせられるような事態にならなければ、話をするどころか、一生彼の事など視界にも入らなかったに違いない。


 当時の汐羅せらのクラスは文化祭の出し物として、合唱をする事になっていた。そのため、放課後は毎日のように歌の練習をしていたのだが、三十人以上いるクラスの中でも、飛び抜けて目立つほど突拍子もない声を出す者が二人いたのだ。それが、汐羅と一輝だった。


 二人は皆が帰っても自主練をするように言い渡された。一年生の時の担任は熱血タイプの教師で、こういった行事には生徒以上に燃え上がる人物だったのだ。汐羅せらは内心げんなりしていた。昔から汐羅は音痴だったのである。それがちょっとやそっと特訓しただけで、上手くなるとは思えなかった。


 だが少しは練習をしておかなければ、明日も居残りをさせられてしまうかもしれない。中々歌おうとしない一輝を放って、汐羅せらは一人で歌の練習を始めた。


 しかし、すぐに練習は中止しなければならなくなった。「くっくっく……」という、聞いた事のない音が割って入ってきたのである。


――ご、ごめん……。頑張って……歌ってる人を……笑うのは……良くないって……分かってるんだけど……。


 その発生源が一輝だというのは、すぐに分かった。彼が体をくの字に曲げながら、必死で笑いを堪えている音だったのだ。呆気にとられる汐羅せらに対して、一輝は苦しそうに息をしながら途切れ途切れに必死で弁明の言葉を並べていた。


――音痴なんだね、相模原さん。……えっと……良い意味で。

 一輝の明瞭な声を、この時汐羅せらは初めて聞いた。

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