異変
その日の汐羅はどうも調子が出なかった。幼馴染の意外な心奥という予期せぬ側面に触れて、一切の思考が停止してしまったかのようだ。いつもは自分の机の隣の列の一番前に席がある、早苗の後ろ姿を見ながら事あるごとに憎しみを募らせていたのに、今日に限っては、そんな気にもならない。かと言って授業に身が入るかと問われればそうでもなくて、教師から名指しで問題を解くように言われた時も、横の席の子に突かれるまで、まったく気が付かなかった程だ。
(だめだ……なんか私、おかしいな)
帰宅してからも気が付けば呆けてしまっていた汐羅は首を振った。ここは気分転換にゲームをしようと、鞄の中に入れっぱなしになっていたゲーム機を取り出す。
だが汐羅のぼんやりはゲームをしても治らなかった。その挙句、選択肢を間違えて、クラリスにヘンドリックとの仲を深めるような事柄を勧めてしまった。
『まあ、先生もそう思われますか! 実は私も同じ事を考えていました。やっぱり先生は頼りになりますね』
画面の中のクラリスは、はしゃいだ声を出した。その顔がぱっと華やぐのを見て、慌ててリセットしようと、汐羅は電源のボタンに指を伸ばしかけた。
――……一途な良い子だな。
しかし紀之の言葉が不意に蘇ってきて、汐羅の動きは止まった。クラリスの一途さは、ヘンドリックだけに向けられている訳ではなかった。『セーラ先生』の事も彼女は信頼している。信頼して、自分の恋の道標を『セーラ先生』に立ててもらおうとしているのだ。
だというのに、自分が彼女にしている事はその真逆なのだ。汐羅はクラリスの想いを踏みにじっている。彼女の恋を終わりに導こうとしている。
――ずっと、好きな奴と結ばれるのを待ってた……。
最初は早苗と重ねてばかりいたクラリスの姿が、今度は紀之とだぶって見えた。誰かに恋い焦がれながら生きる。そうした身を焼かれる程の激情を、汐羅はまだ知らなかった。だから、「そんなにあいつが良いのか?」と紀之に尋ねられても、答えられなかったのだとふと気が付いた。




