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届かぬ想い

「クラリスは、ずっと待ってたんだな。その日が来るのを」

 隣に座っている紀之のりゆきが、まるでクラリスをいたわるような口調で言った。あんまりにもしんみりとした調子だったので、汐羅せらは無意識の内に紀之をまじまじと見てしまう。


「小さい頃からずっと。ずっと、好きな奴と結ばれるのを待ってた……」

 紀之の顔はどこか愁いを帯びたものに変わっていた。少し伏し目になったその頬に、睫毛が影を落とす。こんな表情の紀之を見るのは、汐羅せらは初めてだった。そのせいなのか、彼から目が離せない。


「長い間心に思っていて、そんな自分の気持ちが一方通行かもしれないって感じながらも、胸を焦がして見ている事しか出来なかった。届かない想いを抱えながら過ごすしか……」

「紀之にも、そういう人がいるの?」

 汐羅せらは思わず問いかけた。途中から、紀之はクラリスの心境を代弁している訳ではないと思い始めたのだ。彼は自分自身の心の内を語っているように見えた。報われない恋をしている。その酷く切ない姿が汐羅の心を激しく揺さぶり、憐れみのような感情が胸の内から湧き出てきた。


「そんな風にずっと、想ってる人が……?」

 紀之は何も答えなかった。ただ黙って視線をこちらに移しただけだ。やけに真摯でひたむきな目になっている。その眼差しは汐羅せらの心に真っすぐ入ってくるくらいには雄弁で、それでもどこか脆さを感じさせるものだった。


 知ってるだろう?


 そんな風に言われた気がした。その答えは、汐羅せらの心の中にすでにあるのだと言わんばかりだ。瞳が、汐羅を通してその想い人を見つめているようだった。


 だが、汐羅せらには分からなかった。幼い頃からずっと紀之と一緒だった。しかし、こんなにも紀之が恋い焦がれる程の相手はまるで見当がつかない。


「……ごめん、分からない」

 汐羅せらは正直に告白した。紀之は肩の力が抜けたようにため息をつくと、汐羅から顔を逸らして、再びフェンスに深くもたれかかった。


汐羅せらは……鈍いな」

 紀之は俯いて、胃の腑から吐き出すような声を出した。


「うん、そうだね」

 この時ばかりは汐羅せらも認めなければならなかった。確かに自分は鈍い。小学生の時に紀之と出会ってからもう十年も経つというのに、彼の事を何も理解出来ていなかったのだから。

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