今度こそは絆されません
翌日、汐羅は大欠伸をしながら学校へ向かっていた。というのも、一晩中『悪役令嬢育成計画~赤い星の指輪~』をプレイしていたのだ。そのため、昨夜はほとんど寝ていなかったのだが、目を充血させつつも、汐羅の気持ちは満ち足りていた。
最初のエピソードから変わらず、汐羅はクラリスにヘンドリックに嫌われそうな指示ばかり与えてきた。二人で出掛ける約束をすっぽかしたり、雨の中をヘンドリックに歩いて屋敷まで来いと言ったり、もらったプレゼントを目の前で捨てたり……といった具合だ。
最初は渋々といった風にクラリスに付き合っていたヘンドリックも、段々とその横暴さに嫌気が差してきたようだ。汐羅が最後にプレイしたエピソードでは、二人はついに大喧嘩するに至った。その光景を思い出すと、今でもじわじわと胸が熱くなる。評価をしてくれるネロも、『素晴らしかったな!』と言ってくれたし、汐羅の復讐は順調に進んでいると言えた。
唯一の誤算と言えば、クラリスは汐羅が思っていた以上に良い子であったという事くらいだ。どんなに酷い指示を出してもそれに従うし、『セーラ先生』を嫌う事なく無邪気に慕ってくれている。ゲームシステム上、彼女がそうするのは当たり前なのだろうが、天真爛漫なクラリスに、少しは思うところのない汐羅ではなかった。可愛らしい声で『先生』と呼ばれる度に、胸が疼くのだ。
だが、クラリスに対する温かな感情が生まれかける度に、彼女の顔を見る事によって、汐羅はその気持ちを抹殺してきた。早苗は、汐羅を「あたしたち、親友だもの」という言葉でずっと騙していたのだ。その事を思い出しながら、今回は絆されてなるものかと、強く自分に言い聞かせ続けた。
そんな事を考えていたのと、寝不足気味でぼんやり歩いていたせいで、今日の汐羅は少し遅刻気味だった。早足で校門をくぐった時には、始業開始十分前の予鈴が鳴る頃だった。汐羅の使っている教室は、校舎の奥まった場所に位置しているだけでなく二階にあるので、いくら校内に入ったとはいえ、のんびりしていると最初の授業に間に合わなくなってしまう。汐羅は半ば駆け足になって、昇降口へと向かった。
下駄箱で急いで室内履きに替えると、汐羅はそのまま正面の階段を駆け上がろうとした。しかし、耳がふと聞き慣れた声を拾った気がして、汐羅は思わず足を止めた。




