お茶会
少し気まずいムードのまま、お茶会はスタートした。画面上に、クラリスとヘンドリックが丸テーブルを囲ってティーカップを傾けるスチルが表示される。『どうぞ』と言って、クラリスがヘンドリックにカップを差し出した。
『ありが……?』
ヘンドリックは途中で言葉を切った。そして、戸惑うように『ええと……』と続ける。
『何だか、見た事のない紅茶だね。何ていうか……その……』
『紅茶じゃないわ』
クラリスはつっけんどんとした声で言った。
『泥水よ』
『泥水……?』
ヘンドリックが呆ける。聞き間違いではないかと思っているような声色だった。
『えっと……クラリス。これはどういう事かな……?』
『どうもこうもないわ』
クラリスが突き放すように言う。
『ヘンドリックさん、私の注いだものが飲めないっていうの?』
『ま、待ってくれ、クラリス』
ヘンドリックは混乱しているようだった。
『だって、これは泥水だろう? 飲み物じゃないじゃないか』
『ヘンドリックさん、私の事が好きじゃないのね!』
クラリスがヒステリックに叫んだ。
『好きな人からもらったものは、泥水でも飲めるはずよ! そうしないっていう事は、私の事なんて好きじゃないのね!?』
『い、いや、それは……』
クラリスの跳躍した理論に、ヘンドリックは理解が追いついていないようだった。あたふたする彼に痺れを切らしたように、『もういいわ!』とクラリスが言った。
『ヘンドリックさんなんて、もう知らない!』
『ま、待ってくれ、クラリス!』
どこかへ去ろうとする気配を見せ始めたクラリスを、ヘンドリックが慌てて制した。
『分かった、飲むよ。飲むからどこにも行かないでくれ……』
弱り切った声と共に、画面のスチルが切り変わる。ヘンドリックが眉間に皺を寄せながら、カップを傾ける一枚絵が表示されていた。しばらくして画面が暗転し、今度は空になったティーカップが映される。その底の方には、見るからに汚そうな茶色いカスが溜っていた。
『美味しかった?』
『……』
『美味しくなかったの?』
『美味し……かったよ』
ヘンドリックは酷い声になっていた。本当に喉の奥に泥がへばりついているようだ。愛する人のために、精一杯の献身をみせようと、かなりの無茶をした事が窺える。しかし、次にクラリスが放った台詞は、そんな彼の努力を無に帰すものだった。
『ヘンドリックさんは、おかしな味覚を持っているのね』
クラリスは小馬鹿にしたように言った。
『泥水が美味しいなんて、ありえないわ』
続いて聞こえてくる、いかにも悪の令嬢に相応しい高笑い。画面が暗転して、お茶会は終了した。




