選択肢
『先生、実は今日のお昼に、ヘンドリックさんとお茶をする予定なんです』
汐羅の気も知らずに、クラリスは嬉しそうに続ける。
『ヘンドリックさんはアッサムティーが好きで、レモンのついている紅茶が苦手なんですけれど、私は何の紅茶を出したらいいでしょうか?』
『 1.レモンティー 2.ハーブティー 3.アッサムティー 4.泥水 』
何だ、この選択肢は、と汐羅は思わず二度見してしまった。どうして『泥水』などという答えがあるのか。
しかしながら、茶を楽しむためにやって来たのに、紅茶どころか、飲み物ですらない液体が出てきた時のヘンドリックの心境を考えれば、答えは『 4.泥水 』であろう事は明白だ。何せこれは、ヘンドリックに嫌われる事を目指すゲームなのだから。汐羅は迷う事なく『 泥水 』にカーソルを合わせた。
『ど、泥水?』
クラリスは心底驚いた顔をした。その気持ちは汐羅にもよく分かる。
『本当に泥水を出すのですか?』
『 当り前です。 』
今度は一つしか選択肢が出なかった。汐羅がそれを選ぶと、やや腑に落ちなさそうな顔をしつつもクラリスは、『先生がそう言うのなら……』と半信半疑で了承した。
その後も、いくつかの質問が繰り返される。汐羅はいかにしてヘンドリックの好感度を下げるかを考えながら、それに答えていった。汐羅が選択をする度にクラリスはびっくりした顔をするので、自分が選んだ答えでおおよそ正解だろうと汐羅は思った。
そして迎えた茶会の時間。
背景が室内から、庭のような場所に切り替わった。どうやら『セーラ先生』は陰から見ているという事になっているらしく、画面の中にはクラリスともう一人、爽やかな笑みを浮かべる優男が立っているだけだった。
『お招きいただいて光栄に思うよ、クラリス』
ヘンドリックは深みのあるゆったりとした声で話した。こちらの声も、一輝とはあまり似ていなかった。
ヘンドリックはクラリスに招待してもらった事が非常に嬉しいらしい。早苗に瓜二つの女といられる事で、一輝に似た男が何よりも喜んでいる様子は、汐羅を不快な気分にさせた。だが間もなく彼は、自分が歓迎されていないのだという事を知るのだと自分に言い聞かせて、汐羅は気を静めた。
『遅いわ、ヘンドリックさん』
クラリスが発した不満そうな第一声は、『セーラ先生』の指示通りのものだった。
『もっと早く来られなかったの?』
『えっ? 時間ぴったりだったと思うけど……』
『知らないわ、そんなの。私、随分待った気がするわ』
クラリスの言った事は、ただの難癖だ。もちろん、汐羅がそうするように言ったのである。
『ご、ごめん、クラリス。次からは気を付けるよ』
ヘンドリックは申し訳なさそうに謝った。自分にまったく非がないと分かっているが、そうしてしまうのが彼の性分なのだろう。汐羅は一輝の事を思い出した。一輝も、自分が特に悪くなくても、すぐに人に謝ってしまうタイプだった。
一輝を思わせる青年が目の前にいるお蔭で、汐羅の中には再び憎しみが込み上げてきた。汐羅は画面の中のクラリスに早苗を重ねて、思いっきり睨み付けた。心の中で、「あんたなんて不幸になればいいんだ」と罵ってやる。




