目指せ、婚約破棄!
「昨日のあれ、何が入ってた?」
次の日の朝、汐羅は登校中に、偶然会った紀之に声を掛けられた。
「……ゲームソフト」
実は昨日、紀之からの同じ質問が携帯のメッセージに入っていたのだが、怒り狂っていた汐羅は、それに返信するのをすっかり忘れていたのだ。「おはよう」も言わずに開口一番にそんな事を聞いてきたという事は、あの包み紙の中身は紀之にとって、それなりに気になる事柄だったのだろう。あれだけ苦心して手に入れたのだから、当然かもしれない。
「面白くなかったのか?」
汐羅の顔が険しいものに変わったので、不安そうに紀之が尋ねてきた。汐羅は慌てて、「違うよ」と言った。
「何て言うか……イラストがちょっと……」
汐羅は、ゲームの登場人物が早苗と一輝に似ていた事を話した。
「二人の恋を成就させるなんて、いくらゲームでも嫌だから」
自分で言っておいて、汐羅は再び腹が立ってきた。早苗の顔が頭に浮かびあがってくるだけで、そこら辺にあるものを滅茶苦茶に壊して回りたい程の衝動が体を駆け巡ってくるのだ。それなのに、別人とは言え、早苗とそっくりな子の幸せな姿を見るなんて冗談ではない。
「ゲームのタイトルは?」
紀之の問いに、汐羅は顔をしかめたまま「確か『悪役令嬢育成計画』とかだったと思うけど」と返事した。紀之が鞄から携帯を取り出して、画面に指を滑らせる。やや間を置いて紀之は、「汐羅、これ、そういうゲームじゃないみたいだぞ」と言った。
「ほら」
紀之が画面をこちらに向けてきた。様々なゲームを紹介するホームページのようなものが表示されている。その中にある、『悪役令嬢育成計画~赤い星の指輪~』の欄にはこんな事が書いてあった。
『悪役令嬢を育てよう!
君の役目は、貴族の令嬢『クラリス』を立派な悪いお嬢様に育て上げて、幼馴染の貴族の令息『ヘンドリック』との婚約を解消させる事だ!
目指せ、婚約破棄! 目指すな、ハッピーウエディング!』
その文面を読んだ途端に、汐羅はぽかんと口を開けてしまった。目指せ、婚約破棄……?
「何で?」
汐羅は真っ先に疑問を口にした。
「何で婚約破棄を目指さないといけないの?」
「……さあ、そこまでは書いてない」
画面をスクロールさせながら、紀之が言った。
「でもさ、これってちょうど良い機会じゃないか?」
呆けていた汐羅は、紀之の言葉で我に返った。
「婚約破棄って事は、二人を破局させればいいいって訳だろ? しかも、汐羅の手でさ」
汐羅はやや遅れて、紀之の言いたい事を察した。二人の恋をぶち壊して溜飲を下げろ。要するにそういう事だろうか。
「確かに……悪くない、かな」
汐羅はゆっくりと呟いた。そして、考えれば考えるほど、『悪くない』などという言葉では足りない程に、それは最高の行為だと思えてきた。これは復讐だ。実際に早苗に罰を下す事が出来る訳ではないが、どんな形であれ、今の汐羅にはこの苛立ちを静める事の出来る何かが必要だった。
その後汐羅は、昨日と同じく早苗と一輝がまた一緒に登校してくるのを目撃してしまった。しかも、今回は手など繋いでいるではないか。
汐羅の心は決まった。放課後、汐羅は可能な限り急いで帰宅すると、昨日放り出したままの位置から少しも動いていなかった『悪役令嬢育成計画~赤い星の指輪~』を手に取った。
(あんたを地獄へ叩き落してやるから、覚悟しなさい)
汐羅は、パッケージの少女へ向けて勝ち誇った笑みを向けた後、ゲーム機にソフトをセットすると、プレイを始めた。