この電車はただいま...
深夜を迎えた空は、地上の光を吸収して黒く広がっている。それを見上げた男、如月 彰はふぅとため息を吐いた。
「これが山の上とかなら、綺麗な星空でも見えるんだろうけどなぁ。黒ばっかとか気持ちも晴れない...。」
ペットボトルを開けて傾ければ、緩めたネクタイの奥で喉が膨らむ。渇きを潤して、如月は駅に入っていった。定期券を示してホームに入る。
人手不足の波は、ところ構わず浚っていくらしい。残業の禁止?仕事場が消えるよりはマシだ。どうせ黙っておけば誤魔化せる。プライバシーの保護とやらで。
「寒ぅ...。もう少しコンビニで駄弁れば良かった。」
刺すような寒さ。風が暖まった空気を押し退け、新鮮な空気のナイフを運んでくる。思わずため息がでた。
時刻は既に10時、帰って風呂に入り飯を食って...寝る頃には日付は変わる。朝が早い会社なら、辞めていただろう。
「まぁ、明日は休み...おっ?この時間のあったっけか?」
音楽が流れ、少しして電車が入ってきた。停車した電車の扉を開け、如月は中に入る。
「...やけに空いてんな。一人もいねぇとは思わなかった。」
暖かい車内で、椅子に腰をおろす。ホームの明かりで見える広告をぼんやりと眺めた。
やがて振動。モーター音と共に電車が動き、景色が流れる。ふとホームと共に明かりが途切れた。うつらうつらと船を漕いていると、再び電車が止まる。
「んぁ...?この辺になると暗いなぁ...。」
車内に比べて外は暗く、中からは一切が見えない。マジックミラーの原理だ。全ては鏡のように反射し、なんだか閉じ込められた錯覚に陥る。
子供じみた発想を打ち消して、如月は携帯を取り出す。画面をスワイプし、ニュースでも流し読み。暇潰しにはちょうど良い。
「...誰一人乗ってこねぇなぁ。今なら寝てもばれねぇわ。」
寝ないが。流石に公共の乗り物で寝転ぶのは、この年ではしない。若くてもしないだろうが。
すぐに降りる駅も来る筈だが、段々と瞼が重くなる。不味いなぁと考えるも...如月の意識は微睡んでいった。
『..ぎは、次...ま、..まぁ~。』
「...っお!?やば、寝てた!?」
揺れる電車は、アナウンスの音を置き去りに走る。今が何処なのか、外が暗すぎて判別も出来ない。
まだ覚醒しきってない頭を叱りつけ、如月は携帯を見る。画面をつけると、赤い点滅が箱の中で自己主張する。
「バッテリー切れか...。モバイルも無くしたしなぁ、地図見たかったのに。」
仕方なく、降りてタクシーでも拾おうと決めた。その頃には電車がホームに入り始めていた。目に入る駅は、見覚えが無い。
鏡のような窓の反射もなくなり、少しスッキリする。振動が無くなり始め、景色が後ろに流れるのを遅らせる。金属音と共に、慣性で前に傾いていく。
「うぉっとと...。」
立ち上がっていた如月が、軽くよろめく。扉の前に来たとき、電車が止まって空気の抜ける音がする。アナウンスを聞き流しながら、如月は前を向く。
開いた扉から降りようと、足を踏み出した。しかし、ホームには誰一人見えはしない。
「...ん?鞄忘れた。」
取りに戻るかと思った時、電車の扉は閉まる。勘弁してくれよ、と思いながら見ていたが、電車は動かない。
「...あっ、ここ終始点駅か。」
扉の横、「開」のボタンを押して、如月は中に入る。鞄を取ると、ホームに降りた。静かな駅で、電話のような音が響き、扉が閉まる。
モーター音と共に、電車は再び動き出した。流れていく鉄の箱に、如月はふと振り返る。
「...いや、なんも、無いよな。うん、忘れて無いはず。」
鞄の中身を確かめて、ホームを出る。外は暗く、空には星が瞬く。
「おぉう...結構田舎に来たんだな。街灯すらぽつぽつだし。」
迷わぬように、一歩一歩を踏み締めて歩く。とにかく近くの宿でも探そう。如月は暗がりの中に足を踏み入れていった。
電車の後ろが去っていくのを見て、俺は肩を落とす。嘘だろ?いつも間にあってんのに...。
「しゃ~ねぇか。次は、っと。あ?すぐじゃねぇか。」
あの光、電車じゃ無かったか?まぁ線路の位置とか覚えてねぇし。トラックかなんかと間違えたかな。
数分して入ってくる電車。節電とか面倒だけどな、協力的な俺は文句も言わずに、ボタンでも押してやる。
てか、冬って暖房いるか?厚着してっと暑ぃんだよな。
ネタバレ
終始点駅では、長く電車が止まります。乗り換えや時間調整等の理由ですね。
その為、開くにはボタンを押さなければ行けません。暖房や冷房の空気を逃がさない為です。そして、閉じるのは中からだけ...。
お分かりですか?電車は、如月以外の誰も、乗っておらず、乗らなかったのです。いえ、そう見えなかったんです。誰が、扉を閉めたんでしょうね...?