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現実からの逃避行の旅

現実からの逃避行の旅 H

作者: 川理 大利

この作品で現実からの逃避行の旅は完結です。

現実からの逃避行の旅Tを読んでから読むようにしてください。

  死のうとしていた八代を救ってくれたのは、あの声だった。あのときは声が誰の声なのかも分からず、なぜ名前を知っていたのかも分からなかった。結局、あの後出費を惜しみつつ名古屋駅から新幹線に乗り浜松駅まで戻り、電車に乗り換えて磐田駅で降りて駅から10分ほど歩いたところにある1人で暮らしているアパートの一室に帰ってきて鞄のなかを漁っていたときそれは、解決した。鞄から転がりだしてきた電車に乗りながら、探していたはずの12時25分で止まっていた腕時計を見て、全ては分かったのだ。しかし、すぐに再びミッドランドスクエアの展望台へ行くことは出来なかった。色々と問題が残っていたからだ。


 次の日、学校へ行った八代は教室に荷物を置くとすぐに進路室へと向かった。進路課の先生に進路を変えると宣言するためだ。そんなの無茶だと言われたが八代はひるまなかった。それなら、僕自身でやりますと言い返して部屋を出た。八代はすぐに希望する進路を就職から大学もしくは専門学校へと変更して大学、もしくは専門学校探しをしていた。そもそも、やりたくもないのに就職しようなど間違っていたのだと八代は考え直していた。それは、全て夢を叶えたいからだった。夢を叶えられるという希望があると思うからだった。気づけば夢は馬鹿げた夢に変わり追いかけるのをやめていた。しかし、もう一度夢を追いかけることを八代は決意したのだ。もう、やりたいことを諦めないと決めた。追いかけて追いかけてどうしても駄目そうだと思ったとき、諦めればいいのだと思うようになった。しかし、八代はそんな時は来ないだろうと思っていた。八代が諦めかけたその夢は、脚本家になることだった。小さい頃、見た映画で物語で泣くことがあるということを八代は知った。人が作った物語で泣けるのは素晴らしいと八代は思った。そこからだった、脚本家を目指すようになったのは。いつか、泣けるような楽しいような物語を世界中の人に届けたい。そのようなことを思った。しかし、それは気づけば夢では無くなっていた。八代は、今思えばなぜ諦めたのだろうと思った。叶えられない夢では無い。努力すれば十分叶えられるだろう夢だ。


 そして、可能な限り専門学校や大学を探した。しかし、試験を受けるには時期が遅すぎた。そこで、就職も進学もしないまま卒業して自分でその後の道を歩んだ。そして、八代は一年後大学へと進学した。


 大学に進学して三年後、八代は再び逃げようと思った。変えられない現実から逃げよう。変わらない現実から逃げよう。希望を無くしてしまったから逃げよう。それでも、人生からは逃げていない。そう思いながら逃げようと思った。大学の講義は面白いものも多かった。そのうえ、友達もできた。しかし、自分は変えれなかった。周りに合わせる自分を変えれなかった。周りに合わせて、講義後は街に遊びにいった。辞められない用事があっても、周りに合わせた。生活費もバイトをして自分でどうにかしていたのだが、それさえ休む時があった。八代は、人間として落ちぶれたと思った。そう思うと文を書く手も止まった。


 そして、12月23日の深夜。クリスマスの日は友達に遊ぼうと誘われていたがやめておくと連絡をした。つまり、友達の誘いから逃げたのだ。もう一度ミッドランドスクエアに行こうと思ったからだ。逃げるついでにあの約束を果たそうと思った。朝になるまで駅で過ごして朝一番の新幹線に乗りこむ。また、逃避行の旅に出てしまったのだろうか? いや、これは逃避行の旅というよりは名古屋への一人旅だろう。それでも、現実から逃げたという事実は変わらないのだ。変えられない、変わらない自分から逃げた。


 新幹線の中は早朝だからか、かなり空いていた。人一人乗っていない車内の自由席車両の窓際の席へと座る。この先、どんどんと人が乗ってくるだろうが今はまだ人がひとりも乗っていないため車内の空気が清々しい。日が上り始めだんだんと明るくなっていく窓の外を眺めているとなんだか気持ちよく感じる。肌を刺すような寒さのなかをとてつもないスピードで終点へ向けて走っていく。だんだんと頭が冴えていくようなそんな気持ちにとらわれ、窓の外をずっと眺めていると、車内販売のカートが通ったので朝食としてサンドウィッチとコーヒーを買う。数年前であればコーヒーなどは飲むことはなかっただろう。この数年で、いや、あの日から数年で少しは大人になれたのだろうか。数年の間に少し豪華になった鞄からスマホを取り出してイヤフォンで音楽を聴く。音楽を聴きながら物を食べるのは良くないことだろうがこの方が変に落ち着くのだ。一人でいるときに一人では無いようなそんな安心感に包まれる。たった数時間で名古屋に着いてしまうだろうが別にいいやと思う。サンドウィッチは、とても美味しかった。名古屋に着けば、本格的な朝食を食べようと思っているためこれは軽食のような物だ。しかし、新幹線の車内で食べる食事はどこか特別なような気がして、ただパンとパンの間に具を挟んだだけのサンドウィッチでも美味しく感じてしまうのだった。クリスマスイブの1日が始まろうとしていた。


 新幹線は、やがて名古屋駅へ着いた。八代はまず、名古屋駅の朝から開いているカフェに入り空腹を満たした。コーヒーも注文したが飲めそうになかったので袋にいれて店を出た。改札を出ると、既に明るくなり人が行き交う街の景色が広がっていた。八代は、時間も早いしどうしようかと思ったがとりあえずテレビ塔に行ってみることにした。テレビ塔まで少し距離があるうえにテレビ塔の周りは広い公園になっている。そこを散策していればテレビ塔が開く時間になるだろうと思ったからだ。


 名古屋駅から東へと伸びる桜通という道を歩けばテレビ塔に辿り着く。スマホの地図アプリでそう確認した八代は名古屋駅の桜通口から出て桜通をひたすらに歩く。桜通の両側にはビルが建ち並び、本当に名古屋に来たのだという感動ともいえない感情が湧いてくる。三年間住み見慣れている東京のビルの数には劣るが、整備された広い大通りと相まって街に一体感が感じられる。桜通のような広い道が名古屋の街の至るところに張り巡らされているのだから凄いなと思ってしまう。桜通の下には地下鉄も通っており、電車が通る度に少し揺れるようなそんな感じがした。しかし、それはきっと勘違いというものだろう。振動を感じるとしてもそれはほんの少しのはずだ。


 そして、桜通を人の流れに乗ったり逆らったりしながら東へと歩き続けていると久屋大通に出た。久屋大通は名古屋の中心である栄を南北に貫く道路であり、中央分離帯には公園があるのだ。そして、その公園内にテレビ塔はある。テレビ塔の中に入り、エレベーターに乗り展望台へと向かう。クリスマスイブだが営業開始直後ということもあり人は少なかった。どうせなら夜に来たいのだろう。エレベーターの中からはオアシス21のガラスに覆われた屋根が見えた。あのガラスの上を実際に歩くことができるのだ。人というのは凄いのだと八代は思った。


 エレベーターが展望台に着き開くと共に視界に窓が広がった。窓から見る景色はかなり遠くまで見渡すことができた。名古屋の中心にあるということもあり、東西南北全てが見える。名古屋駅方面に見える一際高いビルはミッドランドスクエアだろう。ミッドランドスクエアはテレビ塔より高いのだ。


 明日の夜、あの場所に八代は行く。何年ぶりかの約束を果たしに。


 テレビ塔を降りてから、八代は名古屋を観光して一日を過ごした。オアシス21へ行ったり、名古屋港水族館へ行ったり、熱田神宮にお参りをしたりした。八代は楽しかった。一人旅だからこそかもしれない。誰にも左右されず好きなだけ好きなところへ行く。夜は、金山駅近くのホテルに泊まり一日は終わった。


 そして、翌日。12月25日。少し遅めに八代は起きた。夜まで待ってミッドランドスクエアに行く必要があったからだ。もう1つの理由は混雑を避けたいからだった。朝の公共交通機関は混む。それが都会ならなおさらだ。今日の昼、夕方まで待とうと思っている場所は東山動植物園だからだ。東山動植物園に行くには地下鉄東山線に乗るのが一番楽な行き方だ。そのためには地下鉄の名城線に乗り、栄駅で降りて東山線に乗り換える必要がある。


 地下鉄を乗り継いで、東山動植物園に着いた。東山動植物園は名古屋市、いや、東海地方で一番有名な動物園といってもいいだろう。それぐらい素晴らしい場所だと八代は思っている。動物園と植物園があり時間を潰すにはもってこいの場所なのだ。植物園ならゆっくりと過ごせそうなそんな気もするのだ。広い園内を歩く。まだ、開園から時間が経っていないのか人があまりいない。東山動物園は、広いため歩くだけで1日が潰せるのだ。


 隅々まで回ろうと思い、ひたすらに歩く。朝早くから来たというのに、回っているうちに既に時刻は3時を回ろうとしていた。4時には東山動植物園を出ようと思い、ゲート近くのお土産屋でお土産などを選んで買っているとあっという間に四時を過ぎてしまっていた。4時30分を余裕で過ぎていたため急いでミッドランドスクエアへ行こうと思ったが急ぐ必要など無いことに八代は気づいた。夜ならいつ行ってもいいのだ。


 東山動植物園を出て地下鉄東山線に乗る。東山線に乗ればそのまま名古屋駅へと行けるため便利な路線だと八代は思った。しかし、やはり電車の中は混んでおり名古屋駅までのたった21分という短い時間だけでかなり疲れてしまった。ふらふらになりながら電車から出て東山線の名古屋駅の改札を出る。大学に通い始めて通勤ラッシュの電車に乗ることもあるが、相変わらず混んでいる電車というものは慣れない。まるで、小さい缶詰のなかに無理やり押し込まれたかのようなそんな気分になってしまうのだ。


 名古屋駅のJRセントラルタワーズで夕食を食べて、駅ビルに入っている店を買う気もないのに一つ一つ見て回って時間を潰す。実際、服や雑貨品などといった物を買う気は無いのだ。何も。買うならば戻って家に帰ってから買えばいい。ただ、時間が潰せればそれでいいと八代は思った。そして、気がつけば日は暮れ街には冷たい風が吹き荒れていた。


 人でたくさんのミッドランドスクエアのエレベーターに乗り込み、展望台へと向かう。やはり、クリスマスシーズンは人が多いらしい。何やらミッドランドスクエアでも特別な演出をやるとか。そんな事をテレビ塔に置いてあったパンフレットで見て、八代は知っていた。きっと、人が多いのはそのせいだろう。


 入場口で券売機に並んでチケットを買い、展望台へと続くエスカレーターに乗る。登るというよりは乗るのほうがあっているだろう。言ってみれば、エスカレーターは自動的に動く階段だ。やはり、数年前に来たときと同じように展望台へと続くエスカレーターは宇宙へと続くエスカレーターのように見えた。しかし、怖さは感じなかった。神秘的だと思った。


 エスカレーターを何回か乗り換えて、展望台スカイプロムナードに出た。様々な色の光で煌めく展望台は吹き荒れる冷たい風によって美しさが半減していた。これも冬ならではというものだろうか。しかもそのうえ、空は曇っており今にでも雨が振りだしそうだ。降るなら雪だろうか? それもそれで不自然な気がした。そもそも、クリスマスとは何なんだ? と、八代は思った。よくよく考えてみれば全くと言っていいほど関係ない事なのだ。少なくとも八代にとってはそうだった。それでも、街を美しくさせているイルミネーションを綺麗だと思ったり、クリスマスがくる度に胸が踊るのは仕方ないことだろう。子供の頃から感じていたことだ。クリスマスは楽しくどこか寂しい。そんな気分に浸ってしまうのだ。


 イルミネーションが煌めく町の景色を楽しみながら歩く。人が多く自由に歩くことはできないが、それでも景色は美しかった。ただでさえ、宝石を散りばめたかのように見えた景色が宝石に色とりどりの星に見えるようなイルミネーションが加わっているのだ。ここに来た理由はあるといえばあるが理由があるのかと問われれば無いと答えるだろう。その程度の理由でここに来たのだ。なんだか、虚しくなってきた八代は足を早めた。景色は南から東へと移り変わり北側に移り変わった。北側の景色が見える場所まで来ると、だいぶ人は少なくなっておりゆっくりと景色を眺めることができた。


 満足したが、少し残念な気分になりながら展望台の通路を後にしようとするとミストが噴き出してきた。ミストが風に乗って八代のもとに漂ってくる。さすがに冷たいだろうと思い、手で顔を庇うがそこまで冷たくなかった。それは、まるでミストというよりは霧のようだった。朝早く外へ出ると霧が出ている事がある。その霧のようだ。少なからず周りにいる人たちはミストの事など気にしていないらしい。ミストで周囲が見えなくなってきた頃、あの時と同じように声がした。


「また、逃げてきたの?」


「そうだよ。逃げてきたんだよ。変わらない、変えられない自分からね」


「良かった。人生からは逃げてないんだね」


「それが良いことなのかは今も僕は分からないけどね」


「そうだね。逃げたというよりも一人旅なんでしょ?」


「たしかにそうだよ。それよりもさ……、約束を果たしに来たんだよ」


 続けて声に言葉を言う。八代は一言一言噛み締めるように言った。家に帰って気づいたときから言いたかった言葉。やっと言える言葉を。腕にかけてある青色のアナログ式腕時計を指差して言葉を言う。


「腕時計、返しに来たよ」


「やっと、来たんだね」


「そうだよ。あの日、泣いていた僕を慰めるために貸してくれた青色の腕時計。返すって約束してたのに忘れてたよ」


 声は、姿を表した。十数年前の今日と同じ姿だった。懐かしかった。かつて、八代はここに来た。十数年前のクリスマスの話だ。クリスマスの日展望台で泣いていた八代を助けてくれた少女。その少女に八代は二度も助けられたのだ。二度目の時言えなかった言葉を言う。目的の何個目だろうか? ここに来た目的がありすぎて八代には分からなかったが目的のひとつだ。八代は腕時計を腕から外して少女に手渡す。


「そう……。でも、これは……」


 少女が何かを言おうとしたが、その言葉を聴く前に八代が言う。


「もう、僕には必要ないものだよ」


 そう、必要ない。八代にはもう要らないものだった。


「そうなんだね……でもまだ……いや……」


 少女は何かを確信したかのように数回頷いた。そして、腕時計を受けとるとその腕時計は光となって消えた。そして、少女は腕時計の代わりにキラキラと輝く光を八代に渡した。それは光の粒の集合体のようだった。少女が渡した、キラキラとした光は八代の胸に吸い込まれていった。


「それは、希望の光。君は希望を失くしているから、自分を変えることはできないと思い込んでいるんだよ。しかし、その光は希望を持ち続ける限りそれは君のなかにあり続ける。きっと、前へ進めるよ。ただし、希望を持てなくなったら無くなってしまう。消えてしまったときまた私はここに現れる」


「希望なの?」


「そう、希望。それではまた、いつか会うときに」


「ありが……とう」


 少女は、八代の言葉を最後まで聴くことなくまた消えてしまった。そのうえ、八代が言いたかった言葉は結局言えたが言えなかった。気づけばミストも消えており。ガラスの外に夜景を見ることができるようになっていた。ここに来た目的を達成することができた八代は展望台を後にする。クリスマスの街には色とりどりのイルミネーションが煌めき、曇り空から一変して、晴れ渡った空には一つの明るい星が輝いていた。その星はどんなに分厚い雲をも貫く希望の光のようだった。

読んでくださりありがとうございます。

現実からの逃避行の旅 Hで、現実からの逃避行の旅は完結です。

楽しんでよんでいただけたなら嬉しいです。

最後にHの意味を明かします。最初の段階ではHappyにしようと思っていましたがどこか意味合いが違うと思い、最終的には、H = Hopeです。


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[良い点] 三部作、読了しました。 とても面白かったです。 本当、人間関係は難しく、楽しんでいるのか合わせているのか判らなくなるときがありますよね……。
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