7. 屋上での二人
遅くなり、申し訳ありません。
夏終わりの生ぬるい風が二人の間を通り、黒髪を揺らす。
「ごめんなさい。」
唐突に瑠璃が頭を下げた。
「あなたの血を飲んだこと。家まで運んでくれたこと。」
葉瑠は、何の躊躇いもなく血を飲んだと言った瑠璃に益々興味を抱いた。もしこれが原因で、葉瑠の噛み傷を証拠に学園中に広まったすれば、何をどう言われるのか分かったものではない。多少未知のものに慣れている葉瑠でさえ、吸血鬼という存在そのものの実感がないのだ。葉瑠の様に慣れていない者にとっては、恐怖まで抱くだろう可能性は想像に難くない。並みの度胸と勇気がないとそう易々と言えることではないはずだ。ましてや、今日初めて話した信用などしているはずがない葉瑠などに。もしや、彼女はそこに気づかずに告白しているのか。
ただ、彼女がそこらの普通の女子生徒でないことも噂と雰囲気、話し方、友好関係から間違いではないだろう。口調は別として、立ち振る舞いなどは眠そうな顔をしていながらも、無意識にも体に完全に染みついたような品のあるものだ。淑やかで音もなくそして嫌味を感じさせないあっさりとした動き。普通の庶民に見えるはずもない。だが、名家にも見られない所作であるのも確かだ。
「それはもういいんですけど、先輩はやはり吸血鬼…なんですよね。」
すぐに話の核心に入ったものの、瑠璃は全く表情を変えない。なるほど、噂は本当のようだ。他の者よりは表情や仕草から考えている事はなんとなく理解できる葉瑠でもわからない。葉瑠にとってまたもや初めての経験だ。やはり、この年下にしか見えない先輩は面白い。
「そう思ってくれて構わない。」
瑠璃は躊躇うことなく、答えた。
しかし葉瑠には、いくつかある疑問の中でもひとつ大きな疑問に直面していた。
学校や、噂で耳に入る情報では吸血鬼とは日の昇らない大陸に住み、太陽の昇るこの大陸では住むことは出来ないと聞いていた。しかし彼女の噂には運動神経もよく体力もあり、体育の授業で誰もが驚くそうだ。また、瑠璃は授業出席皆勤賞だという話だ。ならば外での体育の授業も勿論受けているだろうし、特に変わった登下校をしているという話も聞かない。日光を浴びている機会は多々あるはずだ。実際今も日の光の眩しさにめを細めてこちらをじっと見ている。
「授業始まる。続きはまた放課後。ここで。」
結構時間があったはずだが、いつの間にか授業の始まる時間になっていたようだ。瑠璃は言いたいことだけ言ってから屋上をすぐに出て行った。
葉瑠はそのまま授業を受けずにフェンスに凭れ、座り込み、瑠璃のことを考えていた。
あの白銀の髪、深紅の瞳。睫毛、眉までも白銀。あの容姿は吸血鬼と関係あるのだろうか。偶に、神秘な生き物として崇められるアルビノを思い起こす。しかし、やはり彼女は、そんな姿をしていたとは全く考えられない漆黒の髪と瞳だった。違いがない所と言えば、真っ白な肌と顔立ち、ストレートな髪の長さ、顔立ち、体型、身長。
謎が多く、少女そのものが不可解だ。
元々、初めて見た時から異質な存在であろうことは薄々感じ取ってはいたのだが、特に悪意などは感じられなかったため、接触する事もなかった。━━あの血を吸われた日までは。
「神木葉瑠。吸血鬼警備部隊から警告する。血が上質な為、血を流す度に吸血鬼に狙われる。」
そのまま放課後となり、瑠璃は屋上へ来て開口一番そう言った。
「は…あ?………吸血鬼警備部隊ってほんとにあっ……いや、それよりも血が上質……?俺狙われてるんですか?というか、この怪我治り遅いんですけど。」
突拍子も無い言葉にいつもの余裕の笑みは消え、明らかな動揺が顔に浮かぶ。
瑠璃は無言で手を葉瑠の首の方へ動かした。それと同時に首筋の痛みは消え去る。
「なっ……れ、霊力…………」
「貴方、やっぱり陰陽師。」
葉瑠は、先程から動揺を隠せないでいた。吸血鬼という、未知な存在から狙われるとの警告、自身に馴染みのある力の気配。
陰陽師と言われても、そこまでの強い力を持ってはおらず、術を行使していると言うよりは、術と体術と武器を上手く組み合わせている。
最近は、血も薄くなり、大きな力を持つ者はほんのひと握り。
たった一つの一族だけだ。
「まさか、夜桜家の……」
夜桜家とは、陰陽師の中でも歴史があり、血を薄めることなく栄えてきた有名な一族である。血を薄めないということは、霊力を持つ者同士で婚姻しているということ。あまり、良い噂は聞かないが、実力は本物であるはずだ。
「血を吸ったことだけど、私が悪い。出来ることならお詫びする。」
葉瑠の言葉を無視して、アドレスの書かれた紙を渡し、葉瑠の返事を聞くこと無く屋上を立ち去った。