6. 学園と吸血鬼の少女
「何?邪魔が入っただと?」
威圧感のある男にしては高めの声が、蝋燭がいくつか点っているだけの暗い部屋に響いた。その声には魔力が宿っており、ピリピリと空気が震えている。
「は……はい。全ての吸血鬼が警察の元へ報告書と共に強制的に転送されたようです。全員無傷でしたが意識を失っており、高濃度の魔力を浴びたことが主な原因のようです。既にお分かりかと思いますが、人間に攻撃したことによる容疑で捕まりました。」
魔力と存在の威圧感に息を呑みながらも、髪を纏めた少女は冷静に現在の状況を伝えた。
「………あの大陸に高濃度の魔力を持つものがいるのか?どういう者だ。」
「黒髪黒目の少女だったようです。一度別の少女を庇い、腹部に怪我を負わせることが出来たようですが、それ以降の記憶がないとのことです。魔力は全く感知できなかったのだそうです。」
「なんだと………分かった。あの大陸にいる者に即刻伝えろ。直ぐにそいつを見つけ出し、手出し無用で相手に知られぬよう、正体を暴けと。」
少女は、一礼してから部屋を出ると、獲物を狩るかのような獰猛な光を目に宿していた。
まさか昨日の晩にこの学園の屋上で、悪霊と吸血鬼が出没し、吸血鬼の生徒が戦い、吸血鬼の生徒がこの学園の生徒の血を吸っただろうなどと露ほども思っていないだろう生徒や教師によって行われた授業は特に何か起こるでもなくすべて終了し、いつものように放課後となった。
が、神木葉瑠のクラスである中等部三年A組は、異様な雰囲気に包まれていた。
その元凶である生徒、夜桜瑠璃はいつもの感情の読み取れない表情で教室のドアの前に立っていた。
瑠璃は良い意味でも悪い意味でも学園の中でも有名である。
漆黒の美しい髪に真っ白な肌。小さな整った顔は、幼さと美しさが絶妙に入り混じっている。
極めつけは、高等部には見えない百五十センチメートルもなさそうな低い身長。そして、その見た目に合わない、大人びていて冷え切った雰囲気。オーラとも言うのかとにかく異様だと思わせる存在感。
彼女は、外部からこの学園に入学してきたのだが、この学園の高等部に入る為の進級、又は入学試験を断トツのトップで入学した。
入学して半年弱だが、成績も依然トップで運動神経も良く体育の成績もトップといっていいレベルだ。
新入生代表の挨拶で何人もの男子生徒が一目惚れをしたのは当然とも言える結果だ。
だが、彼女の性格は妹の浅葱を除いて、誰も寄せ付けなかった。男女関係なく必要以上に関わらず近寄らず、向こうから来た者に対しては『私に関わらない方がいい。録なことない。』の一点張りなのだ。しつこく迫ってもこの一言だけ言えば全く無視だった。必要な事以外では本当に話さない。話しても短い最低限の言葉だけ。
何人もの生徒が話し掛けては玉砕した。
この冷酷な完璧美少女の新入生の噂は瞬く間に広まり、中等部までも知らぬ者はいない状況となった。
その中で噂の少女が中等部の校舎にいるのだ。誰でも驚く。見なくても分かる雰囲気と見た目。
彼女は誰かを探すように大きな黒い瞳を動かし、ある一点で止まった。
目の合った生徒は葉瑠だ。
葉瑠は、正直驚いていた。
近い内に接触を試みようとしていたのだが、あちらから来るとは思っていなかった。面白い。
葉瑠は誰にも分からないようにニヤリと口角を上げた。
「神木葉瑠。話がある。ついてきて。」
何の感情も乗せられていない淡々とした声が教室全体に響いた。
一段と教室内外がざわついた。
学園一有名とも言える高等部の生徒が中等部の生徒会長で愛らしい見た目から人気の神木葉瑠を呼んだのだ。
あることないこと学園に広まりそうである。この状況は、ほとんどの人から見れば瑠璃が葉瑠を告白するために呼び出しているように見えるのだから。
「…………分かりました。」
葉瑠は少し考える素振りをして返事をした。
ヒソヒソと周りが色々と話している。
「ん……」
瑠璃は、微かに頷くとついてきてというように歩き出した。
それを見ると葉瑠も未だざわついた異様な雰囲気の教室を出て、ついて行った。