5. お姫様抱っこと吸血鬼
「んぅ………んん……」
眠そうな声が元々美しい声をより一層甘くさせる。そんな声が辺りに響く。
「あ……瑠璃おきた!?」
瑠璃は、ゆっくりと目を瞬かせた。自室だった。目の前にはほっとした顔をした浅葱。いつもポニーテールにしている髪が下ろされ、緩くウェーブのかかった黒髪は所々跳ねている。服も制服でリボンが解け、首元が緩められ、艶やかな肌が見えている。頬は蒸気し、ほんのり赤く染まっている。
ここが家ではなく、外だったのであれば通る男はすべて二度見しただろう姿だ。
「浅葱……私はいつ……………」
浅葱は、いつもの変わらない表情と少ない口数と口調にほっとした。
浅葱は、瑠璃の事が心配でギリギリまで学校に居残っていたのだが、教師に見つかり、セキュリティがかかると聞いて、不安ではあったが、瑠璃はセキュリティを潜り抜けることが出来るという事は分かっていた為、帰ることにした。
しかし、日が完全に沈んでも中々瑠璃が帰って来ない。
自分を庇って流した瑠璃の真っ赤な血が頭から離れない。いくら、吸血鬼で怪我がすぐ治ると分かっていても、血が足りなくなったら命が危なくなる可能性もあるのではないか。そう思うと全身が震え、居ても経ってもいられなくなる。もう一度学校に戻ろうかと考えていた所にインターホンが鳴った。
こんな時間に郵便が来るとは考えにくく、瑠璃が帰ってきたとしてもインターホンを鳴らす訳がない。けれど__と一縷の望みを抱きながら、勢い良く玄関のドアを開いた。
そこには、瑠璃がいた。
ただ、瑠璃だけではなく、中学生くらいに見える女子と見間違えそうなほど美しい顔立ちをした黒髪の男子生徒。彼は、眠った瑠璃を抱えていた。俗にいうお姫様抱っこで。
彼が身につけた制服をよく見れば、同じ学校の中等部の生徒だと気づいた。中学生という認識は間違いでなかったようだ。
いやそれよりも。
まさか、瑠璃が中学生以下に見えるとはいえ、本当の中学生に抱かれてくるとは思うまい。
「夜分遅くにすみません。彼女、屋上に倒れていたのですが、起こそうとしても反応が無く……血が付いていたのは、びっくりしましたが、怪我もなさそうですし、警察に通報するのもと思いまして、一緒に落ちていた生徒手帳を拝見し、住所だけ見させてもらい、ここに来た次第です。」
浅葱はスラスラと説明をした目の前の男子生徒を凝視して、固まってしまった。彼は中学生にも関わらず、この言葉遣いで流れるように説明してきたのだ。驚かずには居られない。
極めつけは完璧な優しい微笑みだ。
一瞬だが、見惚れてしまった。
「あ……はい…………あ、ありがとう……………」
「いえいえ、では。」
浅葱が他に何か言う前にきっちり礼だけして、名乗ることもなく瑠璃を浅葱に抱かせて直ぐにさっさと歩いて言ってしまった。
ふと我に返って、彼を追いかけようとしたが、まずは瑠璃だ。浅葱は諦めて軽い瑠璃を抱き直し、彼女の部屋に運び、ベッドにそっと寝かせた。
浅葱が一番気にしていた、彼女のお腹の怪我は真っ赤な血と切られた制服はそのままだったが、制服を捲れば白い肌が血に濡れてはいたが、怪我は跡形もなく消えていた。
浅葱は詰めていた息を吐くと瑠璃が目を覚ますのを不安を残しながら待ったのだった。