2.満月が照らす少女
「……んん…」
葉瑠は正体不明の上半身に感じる重さと背中の痛みに、意識が徐々に浮上し、重い瞼を持ち上げた。
真っ暗闇に浮かぶ白い満月が視界に入ってくる。一瞬、葉瑠自身も分からず気味の悪さを感じた。そして、自分が屋上にいたことを思い出した。いつもなら、暗くなる前には目が覚める葉瑠だが、今日は違うようだった。もしかしたら、もう校内には教師の一人もいないかもしれない。だが、葉瑠は特に焦ることもなく、起き上がろうとした。万一、セキュリティがかかっていても大丈夫なように葉瑠は、前々から対策はしている。その対策を頭に置いておきながら、重い体をゆっくりと起き上がらせた所で気がついた。比喩ではなく、物理的に重いことに。
葉瑠は、その正体を見た。
目の前のものに体が硬直する。
月の明かりに照らされて反射する濡れたように艶々に潤った漆黒のストレートの絹のような髪。それが、重力に真っ直ぐに従い、地面に落ちている。
間違いなく、女子のもの。
寝ている間に自分の気に入ったこの静かな屋上を見つけられたのか。いや、それはない、と即座に否定する。そもそもこの屋上のドアの鍵を持っているのは葉瑠だけの筈なのだ。また、もし見つかったとしても、人の気配を察知する能力に長けた葉瑠が寝ていたところで気付かない筈がないのだ。間違いなく、屋上のドアを誰かが開けた瞬間に気付き、すぐに身を隠す。
だからこそ、この状況には驚きを禁じ得ない。
葉瑠が気配に気付かないほどの手練れか、葉瑠自身がおかしくなったのか、記憶がないのか。
思考を続けて葉瑠は、取り敢えずこの女子をどかして、顔を見ようと体を起こしながら女子の体をできるだけ優しく横にずらし、地面に横たえる。
そこで初めてその女子の顔を見て、葉瑠は金縛りにあったように暫く動くことが出来なかった。