1.放課後の屋上
運動部の熱の籠った掛け声、吹奏楽部の部員が響かせる様々な楽器の音色、下校をする生徒の喋り声。
その学園の校内にある中等部の校舎の一つの教室。
大きく開いた窓から流れてくる心地よい風がカーテンをふわりと舞い上げる。その窓のレールに腕を乗せ、静かに風を受けている黒髪の小柄な男子生徒が身じろき一つせず立っていた。彼は何かをするでもなく目を閉じ、 長い睫毛が頬に影を作っていた。
「あー!葉瑠君いたー!!もう、どこ行ってたのー?」
甲高い耳につく女子生徒の声が教室内に響いてくる。ピクリと整った片眉を上げ、声の主の方へ顔を向ける。
「何か、用事?」
彼は先程の静かな雰囲気を一切感じさせない、柔らかな笑顔で返事をする。
女子生徒は一人ではなく、数人が固まってこちらに頬を染めながら見ていた。
「この後、予定空いてない?出来たら遊びたいな……って思ったんだけどいいかな?」
明るい色に髪を染めた大人しそうな美少女が顔色を窺うように遊びに誘う。
「ごめんね?どうしても放課後は用事があるんだ。」
少し眉を八の字にして困ったような顔をしてやんわりと葉瑠は断った。そして、もう一度謝り、教室を鞄を持って出て、階段をゆっくりと上っていく。上り切ると目の前には無機質なドア。
制服のポケットから一つの小さな鍵を出し、鍵穴へと差し込み、ドアを開ける。吹いてきた風が髪を乱れさせるのも気にすることなく、外に出る。屋上だ。屋上は他の校舎にもあるのだが、中等部の校舎の屋上が一番解放感があると葉瑠は考えていた。誰にも見つからない、女子生徒からの一番の避難場所になる。いつも、群がってくる女子生徒が帰るのを待ってから、帰るのだ。
葉瑠はドアの反対側を周り、比較的綺麗な所を選び、ゆっくりと横になる。心地よい風を受けながら、目を閉じ、睡魔に抗うことなく、眠りへと誘われていった。
カチャカチャ……ガチャン
唐突に屋上のドアが開かれた。
そこには高等部の制服を着た、中等部に見えてもおかしくないほどの小柄な女子生徒が人形のようにすっくと立っていた。 長い見事なストレートな黒髪を靡かせ、じっと前に目を凝らすように何かを見つめている。
ガチャン!
先程よりも乱暴にドアが開かれる。
「はあっ……瑠璃!何で先に行くのよ!」
高いトーンの活発そうな女子生徒の声と共に姿を現したのは、瑠璃と呼ばれた生徒とは対照的にすらりとした高い身長に緩く波打つ黒髪。走って来たのか、肩で息をしている。
瑠璃は表情一つ変えず、振り向きもせず、口を開く。
「来ないで。吸血鬼。」
初めて会った人であれば彼女が何を伝えたいのか全くわからないだろう。しかし、背の高い女子生徒ははっと息を飲み、緊張した面持ちに変わる。
「尚更、手伝うよ。」
「だめ、浅葱は校舎内にいて。」
瑠璃は背の高い女子生徒、浅葱の言葉を間髪入れずに遮る。
「なんっ……でよ!!何でいつもいつも断るの!?瑠璃よりも弱いのは分かってる!でも!少しぐらい助けるくらいのことはさせてよ!!」
浅葱は激昂した。悔しそうな顔に涙を浮かべ、ひたすら瑠璃に訴えるように叫ぶ。
が、瑠璃は即座に浅葱を両手で横に勢い良くどんと押した。浅葱はバランスを取れず、よろけながらもこの行為に怒りを覚えて瑠璃の方を向いた。
ザクッ………
肉を引き裂く嫌な音が浅葱の耳に届く。
浅葱が見開いた目の先には腹部が引き裂かれた瑠璃。それを確認出来たのも一瞬、紅い鮮血が吹き出し、地面に紅い血溜まりをつくる。
「っ…………あ……さぎっ……逃げて……」
緊迫した声が浅葱を我に返らせる。
「でもっ」
浅葱は泣きそうになりながら動かない。
「浅葱………護りながら戦う余力ない……逃げて」
その言葉と鋭い眼光に気圧され、震える手でドアを開け、校舎内に入る。
瑠璃は魔力と霊力を一部解放し、魔力の影響で姿を変える。白銀の髪に深紅の瞳。腹部にある痛みも一時的に消し、止血する。
即座に目の前に五体の吸血鬼が現れる。彼らは問答無用にこちらへ襲いかかってくる。どこからか、瑠璃は紅い血によって描かれたような模様がある自身の身長よりも大きい大鎌を手に持っていた。攻撃を受ける刹那、人間にはあり得ない程の高さまで飛び上がり、大鎌を五体の吸血鬼のほうへ振るう。手応えはないが、高密度の魔力を浴びせ、気絶させる。そして、一気に消し去った。
足のない悪霊が主を失ったからなのか、ゆらゆらと浮遊しながら黒いものを纏っている。
が、瑠璃は浄化をし、元の霊に戻し、成仏させた。
全てが終わった所で腹部の痛みが再び襲いかかってくる。立っていられなくなり、瑠璃はその場に崩れ落ちた。
そして、意識を手放した。