10.血と涙と悪夢
真っ暗な闇夜に浮かぶ真っ赤な月。
ここは魔界。
太陽の登ることの無い永遠の常夜の地。
血と涙から出来ているこの地。
また、この悪夢を繰り返す。
「人間を愛してるのか。僕の母さんを奪った人間を!!!なぜ守ろうとする!お前も吸血鬼だろ!!」
小さな男の子が叫ぶ。母親のティア、そして自分自身を思い起こす白銀の髪と紅い瞳。その身を纏う澄んだ魔力。
唐突に理解する。
この子は兄妹だと。
「私は、吸血鬼でもあり、人間でもある。……あなたは、あなたの母親は……ティア…」
「どうしてその名前を知っている!!!」
瑠璃の言葉を遮って男の子は叫ぶ。
「私の…私たちの母親…だから。命懸けで私を生んで助けた……私の所為で命を落とした母親だから。」
そう言って魔力を抑え、黒髪と黒目に戻る。
「……な…………お前は……お前はあの憎い人間と母さんの娘…だと?
嫌だ!!知りたくない!!!母さんに僕以外の子供がいるなんて……認めない!!絶対に認めない!!!!」
瑠璃は、何も言えなかった。
そう、何も。
あまりの憎悪の深さに。
あまりの愛情への欠乏による欲望に。
男の子によって縛られた"彼"を見るまでは。
「くくっ………僕の心を乱してくれたお礼をしなくちゃね。君が愛した彼を殺すとかどうかな。散々痛めつけた上でトドメを刺してあげるよ。せいぜい無力な自分を責めて泣き叫ぶがいい!!あはははははははははは!!」
男の子は、気でも狂ったかのように笑い続ける。目は笑っていないのに笑い続ける。
それよりも、そんなことよりも。
なんで"彼"がなんで。
男の子が、いや、その男が兄妹だと言うことが脳から全てが否定し、射殺すような目で睨み、そこまで低くはないはずが地の底から響くような声を辺りに響かせる。
「離せ。……今すぐに離せ。」
魔力を一気に纏わせ、的確に男の心臓へ攻撃する。
男の子は、死ぬはずだった。
なのに。
「ぐっ……がはっ………」
苦しそうな声は"彼"から聞こえた。
"彼"が紅く紅く染まっている。
男も傷を負っていたが、殆ど致命傷ではない。
「ふふっ驚いた?僕が怪我した分だけ彼に与えてるんだ。どう?自分で"愛する人"を殺す気分は。もちろん、場所は変えてるよ。手足、指、腹にまず攻撃が行って、最後に心臓。愛する人に攻撃されて苦しみ抜いて死ぬ。それまではどんなに致命傷でも僕は死なない。でも、"愛する人"を殺さないと僕を殺せない。まあ、この出血量じゃ、そう持たないだろうけどね。止血もさせない。せいぜい僕を楽しませてよ。僕に"愛"を教えてよ!!あははは!!!!」
男は止まることなく喋り続け、笑い続ける。
"愛する人"だけをゆっくり強調しながら。
瑠璃にはその声に。その声という名の呪いに縛りつけられたかのように動けない。話せない。
手足が冷えきり、頭が現実から目を背けようと必死になる。
それでも、消えない。
視界から消えても、頭から、消えない。
紅い紅い、あまりにも美味だった、大好きだった、大好きな香りが辺り一面に、広がっているのに。
その香りはただただ恐怖へのカウントダウンで。
「瑠璃……っ……いい……から…………ころっ……せ…………ごほっ……こいつの……言う…………通り…もう………すぐ……………死ぬ……ぐっ……はぁっ………幸せに……なって……っ…………大好き………………」
ああ、あなたは私に短い命を、人生を奪われようとしているのに。
瑠璃は残りの力を振り絞ったかのような"彼"の言葉に涙を一筋流し、絶望の鈍い光を目に灯して一言呟いた。
「…………死ね。」
今度こそ男の子は絶命する。
と同時に"彼"も崩れ落ちた。
全てがスローモーションの様に。ゆっくりと。実感する。
「……いや…やぁ………………」
思わず瑠璃が駆け寄ると"彼"は、薄らと微笑み大量の透明な宝石が美しく零れ落ちる瑠璃の頬に手を添えて、唇が"愛してる"と動くと同時に瞳を閉じ、腕が、落ちた。
瑠璃の視界は真っ暗に染まる。
「いやっ………やだっ……………いやあああああああああ!!」