黄金の卵
黄金の卵
Miru
プロローグ
僕には、彼女がいる。容姿端麗で成績も優秀。そんな彼女を自分のものにするために、僕は様々な努力をした。彼女の、やんちゃっ気のある男友達と仲良くなれば、チャンスが増えると思った。
ファッション雑誌に載っているような恰好をした。
格好良く見せるため、髪もドライヤーでセットした。
何重にもめかしこむという努力は見事に実り、私はカーストトップのその男の子達の仲間入りを果たした。それから、彼女は急変した僕に興味を持ったのか、めかしこんだ僕に告白してきた。
そうしてできた彼女から、今日、僕は呼び出された。それぞれが別の高校に入学して間もない時のことだった。
その時の僕はすっかり交際に慣れ、おめかしをしなくなっていた。
「思い切って言う。私ね、もうあなたには飽きたの。理想の人を高校で見つけたから、彼と付き合い始めたんだ。だから、別れて。」
呼ぶ出されたファミレス店は、家族連れでいっぱいだった。僕は浮かずに、かつ取り乱さないように、必死でかっこつけて、こう言った。
「勝手にすれば。」
こうして、僕の高校生活は始まったのであった。
1 特殊能力があります
昔から、動物の図鑑を見るのが大好きだった。僕が好きなのは、動物の多種多様なな性格だ。動物には、まるで人間のようにそれぞれ性格がある。
例えば、ナマケモノ。この動物の性格は、見た目通りの温厚なものである。犬は人懐っこく、ヘビはとっても臆病、というように。
僕には、人には見えない動物が見える。
それぞれの人に、その人の象徴となるような動物がとりついているのが見えるのだ。
最初にこの能力が発覚したのは、近所の幼馴染だった。とにかく明るい子で、笑顔が素敵な女の子だった。
彼女の動物は、「柴犬」だった。柴犬は、他の犬種に比べて質素だ。ペットの犬が飼い主に見せる、あの素直で甘えるような感情。彼女は柴犬そのものだった。他の女子と違い、自分を飾らず、感情表現が豊かだった。そんな彼女が、僕は好きだった。
僕は彼女に、恋をしていた。
彼女が僕から距離を取り出したのは、中学生になった時だ。中学の最初の時期は仲が良かった。でも僕は、「あの子」が好きになってしまった。幼馴染だからその子の優しさに慣れてしまったのか、八方美人な「あの子」に惚れてしまった。
その時期から、幼馴染は僕から距離を取り始めた。
大事なものを失ったことに、振られた今になって気づいた。僕は受験に落ちて、滑り止めの男子校に入ったため、幼馴染は高校にはいないことになる。そんな学校で、新しい高校生活が始まるのだった。
2 高校生活がスタートしました
中高一貫校であるT学園に、高校から編入する形で、僕は入学した。僕は、受験のために学校見学には行かない人間だったから、入学式当日、初めてそこの生徒を見た。
中高一貫だから当然だが、みんな仲がとても良い。友達同士で会話している間には、その子達の「動物」がじゃれ合っている。
僕は考えた。高校生活を順調に過ごすためにこの子達と仲良くするにはどうすればいいのだろうか、と。
また中学の時みたいに、思い切りめかしこまなければならないのだろうか。
それともこの子達の好きな事や物を、自分も好きなった方がいいのだろうか。
会話にうまく入るにはどうしたらいいのだろうか。彼ら独特の“ノリ“を、どうすれば自分も持てるのだろうか。
今までの僕の学校は、もちろん小・中と別々で、入学式なんてみんな初対面だった。少し知り合いがいたとしても、クラスのノリや雰囲気は0から作っていくものだった。
経験したことのない、イレギュラーな今の状況が、僕を混乱させた。
(どうすればいいんだ。よく考えて行動しなきゃ。)
そんななか僕はかろうじて、後ろの席の同じ境遇の子、つまり、高校編入の子に話しかけられたことで、その子と友達になれた。
その、後ろの席の子の名前はN。N君は、なかなか面白い子で、僕の言う冗談にもしっかり笑ってくれる。僕といると楽しい、ということをはっきり表に出してくれる子だ。
僕たちはいつも一緒にいた。僕にとってこれほど一日の中で長い時間一緒にいる友達は初めてだった。移動教室の移動も、休み時間も昼食も、5月の林間学校では、もちろん一緒の班にいた。
入学式から時間が経って、席替えの時が来たが、僕たちの席は前と後ろの関係を貫いたままだった。なぜなら、僕たちはお互いが唯一の友人だと思っていたうえ、その心境が相手にもあるということすらも分かり得ていたからである。
僕たちは気付いたら、信じられないほど仲良くなっていた。
「N~。お前この野郎。おれの消しゴム食べただろ。」
「は。なんですか?俺、何にもしてないんですけど。そういう君が食べちゃったんじゃないんですか。」
「あ、ごめん。あったわ。」
ふざけんなよ、と悪態をつかれてじゃれあったのは、たかが僕が、授業中に消しゴムを床に落としただけのことである。
僕らの中の遠慮や距離は、初日、入学式のころから一切無くなっていた。
「こらそこ!ちゃんと授業聞け!。」
さすがに騒ぎすぎたのか、担当の先生に怒られてしまった。Nが笑いをこらえた顔でにらんでくる。
(お前のせいで怒られたんだからな!)
(ごめ~ん)
僕も、すまなさそうな顔だけして伝える。
すると突然、
「ピシッ。ピシピシピシ。」
どこかで、卵の殻にひびが入ったような音がした。
「ん?N、お前、ゆでたまごかなんか食ってんの?。」
「そんなわけないだろ。お前、どした。」
「いや、卵が割れたみたいな音が聞こえて来てさ…。」
「こら!まだしゃべるのか!いい加減にしろ!。」
先生の怒鳴り声で、僕の思考はストップし、その奇妙な音のことの記憶はすでに僕の頭の中から消えていた。
その出来事の少し後、席替えで新しい席になって、周りの景色が変わった。教室の中の自分の位置、先生との距離、そして、周りの人ぶれ。
特に、Mという子が、僕の左に来たのが大きな変化だった。
彼は、中学生からT学園の生徒で、カーストトップというわけでもなく、ただ本当に仲のいい少数の友人と一緒にいる子だった。
「Nとお前がめっちゃ楽しそうだったからさ、思わず話しかけてたわ。」
Mはある日、そういって笑顔で僕に話しかけてきた。
僕は、Nも一緒だったからなのか、彼とも仲良くなれた。彼は生粋のゲーマーで、それなのに勉強もできて、バトミントン部もしっかりこなして、僕にとってはカリスマのような存在だった。時間が経つと、驚くことにNそっちのけで、朝のHR前や休み時間すべてMと会話する日があることも、珍しくなくなった。
「てかさ、お前友達とほんと仲いいよな。おれ、在来生と仲良くなる自信全くないんだが。」
ある日、僕はMに相談した。
「全然そんな気構えることないって。今度紹介してやるよ。」
Mは優しく僕に答えた。
「え。いいよ。緊張するし、正直ちょっと怖い。」
「なんでだよ。」
Mは笑顔で僕に世話を焼く約束をしてくれた。
「ピシピシ」
(また、あの音だ。)
僕はその時も卵が割れるような音を聞いた気がした。
彼は、僕やNと、高校編入でない、もともとT学園にいた在来生との懸け橋になった。
T学園の子達は、すでに三年間、人によっては六、九年間共に暮らしているため、お互いにとても心を開き合っていた。みんなが素直で、思ったことをそのまま口にして会話する。僕はそんな印象を抱いていた。NやMと、最初、僕はその話題しか持っていなかったため、その話をして場を雰囲気をよく保とうとしていた。
「この学校、みんな素直ですよね。」
以前僕は、一言一句二人に同じ質問をしたことがある。
Nはこう言った。
「そうですね。でも他の高校も、学校見学や文化祭に行ったとき、こんな感じだった気がします。」
Mはこう言った。
「そう…ですかね。まあここはみんなすでに長く一緒にいるからだけど、他の高校もある程度時間が経てばこんなもんじゃないですかね。」
そうなんですか、と僕はその時は曖昧な返事をしていたが、内心(そんなこと、ほんとにありえんの?)と、二人の印象を疑っていた。
そんな矛盾を抱えた印象を、勝手に僕に抱かれている在来生と僕は、Mとのようにはうまくいかなかった。在来生としゃべっても、社交場のようなテンプレの質問と返答の応酬をするのみだった。
一番ひどかったのは、学年一イケメンと評される、G君との会話だった。彼と会話しなければならなくなったのは、もともとMを介した集団で会話していたのに、僕とG君を残しみんながどこかへ行ってしまったからだったのだが、
みんなが一気に消えると、今までの騒がしさが急になくなり、静寂が際立ってしまう。そうして、できた気まずい空気に耐えかねて、僕は、初対面であるG君のことが知りたい、という体を装い、会話を始めた。
「G君って、部活何やってるの?。」
「帰宅部だけど。」
続きに、「なにか」と来そうな、少し怖い表情で彼は返答した。
(えー。部活のことから話を広げようと思ってたのに。よりによって帰宅部かよ。どーすりゃいいんだこの会話。帰宅部だから君ぐうたらな人間なの?とか聞けないし、もしG君がぐうたらで、僕が質問することで、痛いところをついてしまうことになったら、場の空気が悪くなるどころか、これからG君と同じ空間にいられなくなる。そしたらそのうちみんなに気を遣ってもらうことになるかもしない。何とか失礼に当たらないようにしなきゃ。)
僕は、帰宅部というワードから話を広げようとした。
「帰宅部か~。何かやりたいスポーツとかってないの?。」
G君は少し悩んでからこう言った。
「ん~。ねえわ。」
G君は一言で会話を止めた。こっちに興味がないようだ。僕は彼の態度から、中学生のころを思い出した。カーストトップの男子とつるむため、自分をよく見せようとたくさんごまかしていたあの時期。
(やっぱりこの学校でもしなきゃいけないのかな。)
在来生との付き合い方は、これからどうすればいけないのだろうか。
3 部活に入りました
僕は、バスケ部に入った。高入生はたったの二人だけだった。一人は僕、もう一人の高入生はSという子だった。僕とSの実力差は、在来生と比べてあまりなかった。むしろ、在来生と高入生との差のほうが歴然だった。彼らの監督は元プロ。彼らはすでに三年間その監督に鍛えてもらっているわけである。受験で一旦引退して、体力が著しく衰えていることも相まって、僕らより在来生はとてもバスケがうまかった。さらに、厳しい練習を共に潜り抜けた戦友として、彼らの仲の良さは並大抵のものじゃなかった。彼ら一人一人の動物は当然それぞれ別の種類だが、彼らがバスケ部として集まっているとき、もし、集団の動物も見えたのなら、きっと「イワシ」の群れが見えていただろう。そのため、彼らの輪の中に、僕たちはまったく入れなかった。結果、僕とバスケ部との関係も、G君との間柄のようになってしまった。相対的に僕はSと、NやMと同じくらい仲良くなった。
ある日、僕はバスケ部のみんなと雑談をしていた。というか、雑談をしているみんなの近くで話を聞いて、笑うところを見つけてはすかさず笑う、という作業をしていた。その時のみんなの話題は、昨日のプロのバスケの試合中継だった。
(実力があるとやっぱ気になるのか。)
僕はそういうのに全く興味がなく、中継の存在さえ知らなかった。
(この話題は全く聞かなくても今後困ることはないな。)
僕は聞き耳を外そうとした。この手の話題には、参加したいとも思わない。
「あー!それ俺も見たわ!。」
「お、Sも見たのか。あれめっちゃやばくなかった?。」
僕は思わず振り返っていた。そこには「イワシ」の大群の中に、一所懸命にに混ざろうとする「メジロザメ」がいた。メジロザメは、決して大きなサメではなく、全長1.8mと小さい。また、自分より小さいものを捕食するサメである。
なのに、そんなサメが、イワシの群れに入ろうと、水槽の壁を押す熱帯魚のように一所懸命に泳いでいる。
(おいおい、まてよ。S、お前…!)
イワシも捕食対象であるサメが、あの中に入れるわけがない。
驚きを隠せず、しばらく僕は固まってしまっていた。そして、ある変化に気付いた。
(わずかだけど、鼻の先端が群れの中に入ってる。)
それを見た僕は、その場をただ立ち去ることしかできなかった。
4 黄金の卵でした
その日の夜、僕はどうしてSだけが、少しだけだが彼らと仲良くなれたのか、そのことがとてもショックで考え込んでいた。僕の頭の中には、あの、メジロザメが一所懸命に泳ぐ姿でいっぱいだった。なりふり構わず、まるで自分もイワシの仲間だと言い張るように。
Sは決して顔がいいわけじゃない。むしろひどいほうだ。第一印象だってひどい。精神的にも未熟だ。身長も低い。そのくせ少しぽっちゃりで。合宿の時は寝相も悪かった。物事をめんどくさがるところもある。欠点だらけだ。
なのに、そんな彼なのになぜそのままの姿で、少しもイワシになろうともせずサメのままの姿で群れの中に入ろうとし、そしてそれを幾分か叶えたのか。
(思えばこいつ、なんでこんな欠点だらけなのに、僕はこいつと一緒にいるんだろう。なんで一緒に下校し、会話するんだろう。なんで友達なんだろう。なんで一緒にいたいんだろう。孤独を感じれば、なぜ彼のもとに駆け寄るんだろう。)
入部当初、高入生は二人、だから僕は彼と話すしかなかった。それは確かだ。でもそれは彼と話すきっかけに過ぎず、僕は部活をやめて彼と離れてもよかったはずだ。彼と口を利かず、嫌悪の態度を示し、彼を遠ざければよかっただけのはずだ。そういう話で解決する問題なんだ。
でもそれは、もし僕が彼のことを嫌いであるならば。
(驚きだな。)
僕は、きっと彼のことが好きなんだ。彼は誰に対しても友好的だ。彼のクラスではすでに彼にあだ名がついていた。彼は少し幼いがそれが、逆に彼の素直さを導き出している。彼と遊ぶとき、彼は嬉々とした表情を隠さない。
(そうだ。彼にはいいところがたくさんあるじゃないか。なにかあの時、あの「イワシの群れ」と「メジロザメ」の光景を見た、あの時、僕は何か勘違いしていた。彼は間違ってなかった。それは確かだけど、なんで…。)
僕はそこで混乱に陥ってしまった。
「ピキピキピキピキィ!」
大きな、卵の割れる音が響いた。
(またこの音だ。)
僕は周囲に、音の原因を探した。するとそこに、「卵」があった。
(この卵は…もしかして僕の動物?。)
それは鶏の産む卵のような形をしていた。しかし異質なのは、その色と大きさだった。高さ160㎝はありそうな大きさに、金コレクターから見ればおそらく理想であろう黄金色。
(とても綺麗な金色だ。)
僕はこれを、「黄金の卵」と名付けた。
5 コミケに行ってきます
僕が受験生だった時、Kという友人ができた。僕たちはとても仲良くなった。きっかけは、彼が僕のいた塾に入って少し仲良くなった時に、話の流れで僕があるアニメを勧め、それが彼の中で大ヒットしたことだ。それ以降、そのアニメの話で盛り上がったり、他のアニメを勧め合ったりして、仲はどんどん深まっていった。
そんなKと僕は、あのオタクの祭典とも呼ばれる、“コミケ”というものに参加する約束をした。二人とも念願のコミケにとても胸を弾ませた。でもそれは、今思えば顔を合わせて最初の会話までだった。
久々に会う彼は、陸上で関東大会出場を高校一年目にして経験、僕は彼がきっと学校でカーストトップにいるのだろうと思い、反射的に嫌悪感を抱いてしまった。
(今の彼がどうなっているのか、僕にはわからないけれど、昔のままだったらいいな。
てゆうか、昔のような仲の良さを今でも再現するには、僕が昔のようにふるまえばいいんじゃないかな。)
僕は名案だと思い、その案に飛びついた。
いつも、最初顔を合わせると、二人ともおかしくなって笑いだす。互いが互いの気持ちを共有しているのが分かるのだ。そしてそれが嬉しくて、照れくさくて。えも言えぬ心地よさがそこにはいつもあった。
でもその日は、笑えなかった。中学生の時に出会ったあのカーストトップの子達のイメージが彼に重なってしまって、僕はおののいてしまった。
(ここは相手の近況でも言わせれば、機嫌がよくなって、今からでもいい感じになるはず。)
僕は、彼を完全にカーストトップの子達と接するときのパターンに当てはめて会話しようとしてしまった。
「どう、最近。さては彼女できただろ。」
「そんなことないわ。あ、でも陸上部のみんなと仲良くなった。部活すげー楽しいよ。今日コミケ終わったらみんなと大会の打ち上げあんだよね。」
「お、よかったじゃん。」
僕はとりあえず相手の話の内容がいいことだと思い、一言言ってみた。しかし、彼の、部活の仲間について話しているときの表情が気に食わなかった。目の前の、あんなに楽しみにしていたコミケより、そのあとの打ち上げのことばかり楽しそうに話す。
(なんとか今を楽しくしなきゃ、Kはこっちに気を向けてくれない。)
昔の親友がとられる気がして、僕は必死になった。
(昔の自分だ!そうだ昔の自分を再現できれば!)
それが、今の僕が考え付く、最善の行動だった。
(昔はお互いよく笑った。変なことや、幼い下ネタ、友達をいじったりもした。)
「なあ!あいつ今さ…なんだってさw。」
「へーそうなんだ。あいつも大変だな。」
「見てあのJKの脚。やばくね。」
「え?ごめんツイッター見てたわ。」
「見てこれ。今日の一発芸。…」
「わー。まあまあ面白い。」
その日は、一日通してそんな感じで、結局彼は、僕との別れを惜しむ様子もなく打ち上げに行ってしまった。
(はぁ。今日はあんまりうまくいかなかった。あいつどうしちゃったんだろ。)
Kと別れた後、帰りの電車の中で僕は悩んでいた。するとそこに、
「ねえ、もしかして〇〇君?。」
不意に、聞き慣れた、けれど久しぶりな声に名前を呼ばれ、振り返った。
「やっぱり、〇〇君!おひさ!。」
そこには、幼馴染がいた。「柴犬」の幼馴染が。今でもあの「柴犬」が、昔と変わらずそこにいた。
「久しぶり。いつ以来だっけ。」
「んー。中学以来だから、一、二年くらいかな?。」
「そんなもんか。」
会話がひと段落し、沈黙が訪れた。
(気まずい。なあなあで距離が出来てしまった彼女といまさら何を話せばいいんだ。)
「なあ、最近どう?彼氏でもできたんじゃないの?。」
気づいたら、さっきと同じ内容の質問をしていた。電車の音がやたらと耳に入る。
「彼氏?いやいいやいるわけないよそんなの。君だって、彼女の一人や二人くらいできたんじゃないの?。」
「いや、男子校だからいないよ。」
「じゃあなに?男子校だからーって、共学だったらいたわけ?。」
「違うわ!そんなつもりで言ったんじゃないよ。」
電車の進む音が響いている。
「じゃあ、ふーん。そうなのね。」
流れ出した車内アナウンスに声を遮られると思ったのか、彼女は喋るのを止めた。
「ねぇ、もしかしてだけど、さ。」
車内アナウンスが流れ続けるまま、彼女は喋りだした。電車が止まる。
「昔みたいにしようと、必死でしょ。私は別に、君がそんなことする必要はないと思うけどなっ、と。」
彼女は電車から少し跳ねて降り、僕と彼女を挟むように扉が閉まった。
帰宅した僕は、Sの時と同じように、今日のことを考え込んでいたが、不思議とあまり負の感情はなかった。
(あいつが最後に言ったあの言葉、あの子は僕を認めてくれてた。でも、彼女は過去の僕しか知らない。じゃあやっぱり昔の僕の方が…)
その時、ぼくは聞こえた。
(君がそんなことする必要はないと思うな)
まるで彼女が隣で話してくれているかのように、鮮明に聞こえた。
(そうなのか…。いやでも。じゃあ。)
「悩みすぎよ。」
また声が聞こえた。
(とうとう幻聴まで!確かにこれは悩みすぎだ。)
「幻聴じゃないわよ!ここよここ!柴犬がここにいるでしょーが!。」
「えっ?。」
首を横に向けると、確かにそこには柴犬がいた。あの「柴犬」だ。
「どうして…」
僕は唖然とするしかなかった。
「私のご主人様が君のこと心配してるからこうして来たの!よく聞きなさい。彼女は昔から君のことを心配してきたの。あの日も、君が急にあの男子たちと仲良くしようとしたとき、ご主人様は自分があなたの邪魔になると思って、君にその理由も聞かずに、君から離れてあげたのよ!。」
(そうだったのか。)
「それ以降ご主人様は君がなんでどんどん君らしくなくなっていくのか、ずっと考えてた。」
「なぁ…」
おそらくメスであろう柴犬の勢いに何とか押されまいと、僕は口を挟もうとした。
「うるさい!私には時間がないの!私が他の動物と違ってこうも人間らしくできるのも、ご主人様が君のそばにいたから、あなたから力をずっともらい受けていたから。彼女から君が離れたせいで、私はもう彼女をこんな風に守ってあげられない。」
僕の胸のどこかが、悲鳴をあげる。
「いい。大事なことをいう。人は自分を偽ってはいけないの。人が、その人の長所を出すには、常にその人らしくいなければならない。自分を偽れば、長所なんてなくなってしまうの。もちろん同時に短所も出るわ。でも、それを受け入れてあげるのが、人の器ってものでしょう。」
「柴犬」の体を光が包む。
「ご主人様が、君には長所があると言ってくれているの。その分自信を持って、前に進みなさい。」
「柴犬」の覚悟の表情に、僕はいつのまにか真剣にさせられていた。
「わかった。ありがとう。」
「まったく、頑張りなさ…。」
いよ、と、彼女なら続きそうなその名残惜しい別れは、確かに僕に大事なものを残していってくれた。
「柴犬」が消えた跡、辺りはあたたかい光と、黄金の金箔が降っていた。
(黄金?)
光はまだしも、黄金が降ってくるのは彼女らしくない、と不思議に思って天井を見上げてみた。するとそこには、ただの白い、幾分か大きい卵があっただけだった。
(黄金が卵から剥がれ落ちたのか。てことは僕は、これからはこれで戦うんだ。)
僕の大きな決心に、なんだか卵も応えるように少し動いた。
6 冬合宿にも行ってきます。
「いいですか。今回の冬合宿は、グループごとに分かれて、料理から何から全部自分たちでやってもらいます。」
監督の言葉通り、僕らはこれからグループ分けされる。さすがに入部当初より、時間が経ってみんなと話せるようになったが、それでも得手不得手の人物がたくさんいた。
(Y先輩とはなりたくない。)
Y先輩は、その大きな体と力にものを言わせるプレイをする。さらに、僕と同じチームになってゲーム練習をするときは、本当に嫌そうな顔をする。
(あー。フラグ回収しそうだな。)
と、考えていると、Y先輩は、僕が引いたのと同じマークが書きこまれた紙を手にしていた。
(なんで…)
見事フラグが回収され、僕は大きく肩を落としていた。
(どうすれば、Y先輩とうまく…)
「まったく、そんなの関係ないでしょ。」
彼女ならこういう時、僕にこういうんだろうな。こんなに助けてもらって、いつか本当に感謝しなきゃ。
(よし、そのままの自分でぶつかってみよう。嫌な顔をされたって、絶対自分のプレーを貫いてやる。)
冬合宿を迎えて最初の練習。僕とY先輩は同じチームなった。そして始まるゲーム。僕にパスが来た。
(いつもならここで、自分のプレイを疑って、すぐ他の人にパスしてしまう。でも、今なら!)
「ダン!」
「ピキィ!」
僕がボールをついた音と、たまに聞いたあの音が重なる。でも、僕はもうその音が何の音なのかわかる。その音は、僕の殻が割れる音だ。
僕は、見事ゴールまでたどり着き、レイアップシュートを決めた。
「おお、ナイスプレー。お前やりゃ出来るじゃん。」
Y先輩の驚く顔が見えた。
(見たか!)
僕はみんなの目の前でで特大ガッツポーズをしてみせた。
「そんな心の奥からガッツポーズしなくても。」
「お前、喜ぶときそんな喜んでたっけ今まで。」
同級生のみんなが笑って駆け寄ってきた。
「えへへー。」
嬉しくて、僕は変な笑い方をしてしまった。
その後、みんなでその日の夕飯を作った。
しかし、みんな料理などしたことがなく、いろいろなものを余らせていた。
(これ、使えるんじゃないかな。)
「Y先輩!この余った野菜使わせてくれませんか?。」
僕は、恐る恐る、思い付きを提案してみた。
「ああ、おいしくしてくれよ?。」
「ハードル上げないでくださいw。」
Y先輩は、僕のネガティブな態度を感じて少し茶化してくれた。僕は、余った野菜を見て、どうせ捨てたり無理やりそのまま食べるのなら、漬物にしてやろうと、少し挑戦的に考えた。
(塩と砂糖、このくらいかなっと。こんなに野菜の水分があるなら、ちょっと怖いけど水も使わなくていいかな。)
味見をしながら調整した漬物を、一晩冷蔵庫に入れて置いた。そして、漬けおわって翌日の朝、みんなに食べてもらった。
(食べてもらったのにもしまずかったらどうしよう。あぁ、考えると怖くなってきた。)
しかし、僕の不安はみんなの誉め言葉で吹き飛んだ。調子に乗った僕は、違うグループだったSにもあげてみた。
「ん。味、少し薄いけどおいしい。」
「うっせえ。」
(次は今回のよりももっとうめえの作ってやる!)
いつのまにか僕は七転び八起き体質になっていた。
7 ただ、素直であれ
「気付いたら、もう十二月だな。」
教室の窓から外を見て、僕は言う。
「ジジイかよ、お前は。でもそうだな、十二月だ。寒いな。」
「天気死ね。ふざけんな。」
「そこまで言う?」
N、G、Mと、僕の後に続いて順番に各々が言う。Gとはあの気まずい会話のあと、集団でいるときは何とか一緒にいられてる。
(相変わらずひどい物言いだな。)
僕は以前と変わらない彼の印象を、再度受ける。
(まあみんなといるときなら楽しく絡めるし、悪いやつじゃないんだよな。)
ふぁあと、僕はあくびをしながらそう思った。
「なあM!喉乾いたから、自販機のとこ行こうぜ。」
「おけ、いこー。」
Nは、Mを連れて下の自販機のところまで行くようだ。
「お前は眠そうだから、お前の分も買ってきてやるよ。金は後でもらう。」
と、Nが言う。
「じゃあ俺コーラね。」
と、G。
「ご注文承りましたっと。行ってくるわ。」
NとMが教室を出た後、僕はふうー、と長く、覚悟を決めるように息を吐いた。実は、ここまでの段取りを、事前に二人に勇気を出してお願いしてあったのだ。
「お前、どうした。まあいいよ、俺たち飲み物買いに行くだけでしょ?。」
「5分くらいでいいよな。」
「おう。頼む。」
と、二人とも驚いていたが、快く役柄を引き受けてくれた。
教室の空気は、冬だから冷たい。
「G、冬だな。」
「うん。」
最近ハマっているスマホゲームをしながらGは返事をする。
「なぁG、」
「何?」
今までにはなかった俺の覚悟を感じ取ったのか、スマホから顔をあげてくれた。
「僕さ、お前のそのとがった言葉が苦手。」
「え、何急に。てか、僕?一人称そんなんだっけ。」
僕は続ける。
「でも、お前の、素直に物言って、素直に生きてる感じは大好き。」
言ってるうちに照れくさくて、だんだん声が小さくなっていってしまった。
「え、お、おう。どした、お前。へ?ふふふあはははは!」
「な、お前笑いすぎだぞ!せっかく人が勇気だして言ったのに!。」
「お前らどーしたんだー。」
「どーしたんだー。」
N、Mは全部知っていたから、棒読み口調だ。
(まったく、全部見てたなこいつら。)
Gが外を見ていた。
「なんだかあったけえな。」
Gが一言もらした言葉は、僕の心の中に響いた。
「てかお前、そのゲームなんだよ。」
僕は調子づいて、Gのやっていたスマホゲームのことを聞いてみた。それは、動物を種から育てるゲームなのだという。キリンなら黄色の、ライオンならオレンジ色の種なのだそうだ。
「俺が今狙ってんのは、透明の種さ。」
「透明の種?。」
Gの言葉のあと、その言葉についてNが聞いた。
「透明の種ってのは、どんな動物にも成長させることができるんだ。中にはレアリティ最高のドラゴンにしたやつもいるんだとさ。」
「G、お前は何にしたいんだ?。」
Mが聞いた。
「いや、それは、その…」
「なんだよ、何ためらってんだよ。」
なぜかもぞもぞするGに、僕は聞いた。
「いや、だからその、ウサギにしようかと。」
「え!うそぉ!」
Nが驚いて聞き返した。
「だから言いたくなかったんだ!。そんなに変かよ。俺がウサギ好きなの。」
「いいや?かわいいなって思っただけさ。」
Mがにやついて言った。
「ぷっ。あはははは!」
気付くと僕は、笑っていた。
「なあ。お前ら、僕は幸せだよ。こんなにも素敵な奴らに巡り合えてさ!。」
僕は、心の奥底から声を出した。
みんなの顔が驚愕の色に染まっていく。
「驚いてろっ。」
なんだか僕は得意げになって、満面の笑みを浮かべていた。
8 エピローグ
僕の卵は、日に日にひびが増えていた。中がとても気になって、叩いて割ろうともしたが、割れなかった。そんなことをしながら、今の僕は余裕を持って生活している。自分を偽るなんて行為、もうしなくてもいいからだ。
これからは、自分に素直に生きていく。そう決めた。
(さあこれからまずはなにをしようかな!。)
今まで、思いついても行動に移さなかったことを、今なら自信を持ってできる。そんな確信があった。
急に、隣でサラサラと音が聞こえた気がしたので、首を向けた。
「そうか、これが」
卵が粉のように舞って消えて、中のものが姿を現した。
「僕か。」
それは、とても綺麗な、よく透き通った透明なタネだった。
FIN