プロローグ
先輩が衝撃的な帰還と共に俺の失恋が確定し、アンニュイに黄昏ていたのに、神さまはそっとしておいてくれないそうでして…
神さま、俺なんか悪いことしましたでしょうか。
「光一」
「ん?な、に…」
ヘビースモーカーで、部屋にガチ篭りがちに仕事して、口が滅茶苦茶悪く、女とは思えない怪力で、一応ギリギリ人間だったはずの
ウチの姉が…(え、言い過ぎ?ナイナイ、寧ろ言い足りないくらいだ)
無表情のままサムズアップしてるのは、いつも通りだ。だが、その言葉は聞き捨てならない、聞き捨てならない、と言うか、姉の顔から目が離せない。ドキドキが止まらない。むしろ動機が早まって…
「裂けた」
耳まで裂けた口を開ける姉が心底怖い。
ドッキドキも良いところだ‼︎あと少し衝撃与えられたら俺の心臓が止まる!姉が口を開閉して……
「いぃやぁぁぁ⁉︎」
くぱぁっ、って、言った。大事なことだからもっ1回言うけど、くぱぁっ、って、言ったぁぁぁ‼︎
「うっせ、お前乙女か」
裂けた口で器用に片方の口はしあげないで、マイシスター。つか、アンタ今すっげー緊張感高まってる、言うなれば、ホラー映画でクリーチャーが出てきた時並みの衝撃の中でなに呑気にタバコに火つけてんの。
「リアクション!リアクションが薄いぃぃ‼︎」
「人間生きてりゃ奇々怪々な出来事もあるわな」
「紫煙弛ませ何言ってんの、ねぇ、そんな悠長に構えてられる案件じゃないよ?案件っつーか、事件だよ?」
ぷわぁぁ、と、裂けた口から出てくるタバコの煙…いやいや、なんでそんな落ち着いてるの?やめて、その大口開けて上向いて煙吐くの。アンタ燻製器じゃないんだから、ホント。
「おぉ、奥歯までしっかり前から見える」
「お願いだから、話聞こう‼︎つーか、どっから鏡…こっっっわっ⁉︎サメじゃん!サメの口じゃん‼︎」
髑髏が彫られた大きな手鏡に映った姉の顔の下半分は歯…ぎらん、と並んだ歯は、人間の歯ではなく、ギザギザに尖った牙に変わっている。え、マジでこの人、人間やめた?
「どっちかって言ったら、これワニじゃね?……縦もイケんのか?」
「縦にも挑戦すなぁぁ‼︎やめろ、頬を横に引っ張るんじゃない‼︎ただでさえ人間の限界超えてんのに、更に越えようとしてんじゃないよ‼︎どこ目指してんだよ‼︎縦まで開いたらそれ、クリオネじゃないか‼︎」
「うける」
「ウケないよ‼︎寧ろ怪奇通り越して狂気だよ‼︎」
「上手いこと言うなぁ」
「関心してないで原因思い出せぇぇ…」
「不明」
「1秒でもいい考えろ」
なめてんのか、コイツ(姉)
「お前が考えろ」
「理不尽‼︎」
「無駄に頭いいんだから、原因絞り出せ」
そう言って、野球の投手並みの握力の持ち主(化物もとい、姉)が、両手で俺の頭を掴む……嫌な予感しかしない。
「絞り出せ、って、何で俺の頭を…いだだだだっ⁉︎やめ、やめぇぇえ‼︎物理的に人の頭を絞るなー‼︎」
足で身体を固定するな!ネジ切れるわ‼︎首が‼︎‼︎
「ちっ、軟弱な」
「アンタと一緒にすなーー‼︎つか、舌打ちって、どこのチンピラ……」
「あ"?」
「何でもございません」
何で、俺の身近にいる女は奇烈(爆烈的に奇妙の略)な奴が多いんだろうか……学部の先輩といい、部活の元後輩といい、幼馴染といい…大和撫子って絶滅したんだな、きっと。
「あ、もしもし紫乃アタシアタシ、クリオネの口って何分割?」
「ふっっざけんな⁉︎何やってんの⁉︎てか何やる気なの⁉︎アンタマジで何やる気なの⁉︎」
黄昏ている間に姉が俺の先輩に電話していた…え、いつのまにアド交換したの?
『クリオネの口?6分割、ってか、アレ触手だよ?』
「マジか。え、触手生えるかな?さすがにキモい」
「流石にじゃなくて、今まさに最高潮にきもっ…」
ごしゃっ。
俺の頭は、姉に投げられた1人掛けソファーの下敷きになった。
…って。
「俺じゃなかったら死んでるからな⁉︎この殺人犯‼︎」
「死なないようにクッション部分を当てたろ」
「(首折れて)死ぬわ‼︎」
『え、てか晶クリオネなったの?飼ってあげようか?』
「あー、あんたのペットなら幸せだからいいかも」
『よくねーよ⁉︎このアルティメット獣バカ姉‼︎人間飼育しようとしてんじゃねー‼︎‼︎犯罪だから、重罪だからな⁉︎逮捕すんぞアホ‼︎非人道的な提案を友好的かつ好感的にやってんじゃねーよ‼︎つうか、アキラさんもお願いだから受け入れねーで‼︎』
電話の向こう側から、ジュン君の悲痛な叫びが聞こえる。ついでに先輩の呑気な鼻歌も…
『くーりおね、くーりおね、おーきっな、くーりおね♪』
やめて、そのリズムで歌わないで‼︎大量かつ整列して進行してくる真っ赤なあいつらが浮かんじゃうから‼︎…想像してしまった…‼︎口の裂けた姉の大量の群体…きっしょ‼︎‼︎
『そんなの家で飼えません‼︎』
小さかったら、許すのかいジュンくん⁉︎
『つうか呑気に歌ってねぇでこっちも問題山積みなんだよアンタ分かってる⁉︎』
『ちっ、小舅め』
「小舅め」
『だまらっしゃい‼︎アキラさんも、問題あるなら、さっさとコウさんと解決して下さい‼︎んじゃっ!』
俺の言いたかったことも言ってくれてありがとう!もこのウルトラ非社会順応性な姉に俺も叫びたい…叫んだら物理的に絞られるだろうけど…
誰かタスケテ
一言:意識を失いたいのに、失えない…‼︎